![]() |
![]() |
|||
はぁ・・・はぁ・・・は・・ 視界が霞む。 息が上がって幾度も喘ぐが、肺の中には殆ど酸素を取り込むことの出来ない様な錯覚。 脚が本格的に動かなくなった。深い砂の中に、ど、と倒れ込む。 熱い、熱い ・・・苦しい・・・ 駄目だ・・・此の侭ではきっと 二人とも行き倒れてしまう―――― 「カ・・・シさん・・・!」 喘ぎながら、殆ど声にならない言葉を咽から無理矢理押し出す。 二人とも助からないなら。それならば 「もう、手を離してください・・・!!」 あなただけでも、助かって・・・ 行って、下さい 目の前の男が、振り返る気配がする。 割れる様に痛む頭に耐え、霞む目を凝らす。 柔らかな、銀色。 と、彼の唇がゆっくり言葉を紡いだ。 「――――――手を掴んでいるのは、あなたの方ですよ」 ――――――!! 俺・・・!? 驚いて手から力が抜ける。 途端、する、と自分の手を抜ける冷たい感触。 「あ――――――」 霞む視界の中、どんどん遠ざかってゆく 銀色の鬣。 「待っ・・・!!」 ―――――おれ・・・俺 俺・・・は・・・ 雨天の都 4 一晩降り続き、草花を萎れさせた霙は、夜が明けるといつもの通り ぬるい雨となって里中に静かに降り注いでいた。 イルカはぼんやりと、部屋の天井を見上げていた。 眠り、随分楽になった身体と比べ、心は深い谷底へと突き落とされたかの様な感覚。 自分の中の何かが地面に縫い付けられ、そのまま深みへと引き摺り込まれて行くかの様な幻想を抱く。 胸に開いた闇に巣食うのは、耐え難い程の 喪失感。 だが、これは全て自分が望んだもの。自分が離した手が招いた結果。 ・・・何を苦しむ必要がある? ―――――また、一人の日々が戻って来た。 それだけだ。 イルカは、軽く勢いを付けて、敷布から身を起こした。 少々眩暈は残るが、随分身体は軽くなった。 咽の渇きを覚え、流しへと向かう。 昨日から全く使っていない台所。 当然 乾いた流し台を想像して蛇口を捻ろうとすると ・・・? 流し台には栓がされ、そこには溢れんばかりの水が溜まっていた。 手を入れて掬い上げる。冷たいその水の中に沈んでいたのは、崩れて小さくなった氷の欠片。 瞬間、イルカは家を飛び出した。 ―――――カカシさん・・・!! イルカが熱を出したと聞き付け、カカシは氷を持って来てくれていた。 一晩経っても残っていた位だ、さぞかし大きい物だっただろうに。 霙の中を、さぞ 冷たかっただろうに。 やっと、解った。 失って、やっと。 こんな俺を、馬鹿だともう一度叱ってくれるだろうか、あの人は・・・ ―――まだ間に合うだろうか? イルカは、朝靄の中を矢のように駆けた。 カカシは、何処にも居なかった。 彼の家は、まるで主など長い間持たないかの様な面持ちで立ち尽くしていた。 任務受付所で彼の任務を確認したが、記録されているものは何一つ無かった。 嫌な予感がした。 書類上にも残らない、極秘任務 それは 「イルカせんせい!!!」 突然目の前に小さな子が飛び込んできた。 そのまま、腰に縋り付いて来る。 特徴的な、焦げ茶色の跳ね髪が揺れる。 「せんせい、おれ・・・!おれ・・・ごめ・・・んなさい!!」 「――――お前・・・」 イルカはハッとした。 慌てて膝を折り、涙で目を腫らしたその子の頬に掌を沿えて顔を覗き込む。 「お前・・・あの後、どうした?ちゃんと帰れたのか?」 その子の体を検分しながらイルカが問うと、ひくひくと息を詰まらせながら、その子はきょとんとした瞳を向けた。 「なんで・・・?だいじょうぶ だよ、・・・お、おこられたけど・・・」 「怒られた?」 「うん・・・ぎん色のおおきなひと。イルカセンセイがたいせつなら、じぶんがいったことで相手がどうなるか、 じぶんの言葉のおもみをじぶんの頭でしっかりかんがえろって ―――――それじゃなきゃ、それができなきゃ忍しっかくだって・・・ ・・・そんなかくごがないなら、やめてしまえって・・・」 ぐ・・・と溢れてきた涙を呑み、少年は続けた。 「だから、おれ かんがえたんだ。 おれ、センセイが首かざり拾ってくれるって言ってくれたとき、すごくうれしかった ・・・だけど、センセイが水の中にはいること、たおれちゃうことなんて ぜんぜん、か、かんがえてなかったんだ――――」 ほんとに、ごめんなさい ・・・ もうぜったい、あんなこといわないから。 だれにもいわないから。 おれ、ちゃんとかんがえるから そう言って自分の胸でしゃくり上げるその子の目は、驚く程真っ直ぐなものになっていた。 “・・・暫くは、立てないかもしれませんが・・・” あれは、そう言う意味だったのか。 ――――暫く 立ち直れないかもしれませんが、と。 イルカの目から、涙が溢れた。俺は一体何て事を・・・! 「ほんとに、ごめんな・・・」 その子の背をしっかりと抱いて、イルカは頭を垂れた。 形振り構っていられなかった。 イルカは、火影の私室へと飛び込む。 「火影様――――――!!!」 「なんじゃ、騒々しい」 執務用の椅子に深々と腰掛けた火影は、言葉とは裏腹に、 イルカが来るのが初めから解っていたかのように 落ち着き払い、ふわりと煙を吐き出した。 「・・・カカシか?」 「―――!!」 一つ溜息を吐き、火影はゆったりと椅子に座り直した。 老練した深い色の瞳がイルカを見据える。 「お前が来ると 思っておった。・・・あやつはな、死にに行ったよ」 !!! 扉の前で立ち尽くし、絶句するイルカに、火影は微笑しながらひとつ煙管を吸った。 「――――無論、そのまま行かせてはおらん。あやつも、この里の わしの大事な宝じゃからな」 だがの、と火影はイルカを見据えた。 「わしの前に現れた時、あやつは確かに、死にに行こうとしておった。 死に場所を作るために、任務を受けようとしておった。 ・・・あやつは何も言わなかったが そういう忍びの目はの、一目でわかるんじゃよ」 イルカは、自分の身体が震え出すのを止められなかった。 「・・・では、あの人は・・・」 「―――そうじゃ、あやつ 暗部用の特A任務を受けおった」 イルカは、天を仰いだ。 「イルカ」 静寂を破る火影の声に、イルカは火影に視線を返す。 火影は机に両肘を付き、真っ直ぐイルカを見据えた。 「何があったかは知らん。わしが介入する気もさらさらないがな、イルカ。 やつのことを信じると決めたのなら、今度こそ、手を離してやるな。何があってもお前だけは信じ続けてやれ。 ――――もうあやつは、発ってしもうた。止めることは出来ん。 じゃが、あやつが帰ってくるのを 祈ってやれ。 お前だけは、最後まで信じなければならん。 ・・・わしの言うことが、わかるな?イルカ」 溢れる涙を堪え、イルカは火影の言葉に力強く頷いた。 火影は、そんなイルカを見詰め、優しく笑んだ。 「心配するでない。あやつには ちゃあんと、わしが有り難い言葉をやったから。この里に、縛ってやったからの」 あいつはきっと戻ってくるじゃろう。 そういう奴じゃから。 「じゃから、今度こそ手を離してやるなよ。どんな暗い闇の中にあっても、あやつを見つけてやれ」 そして 忘れるな。 お前も、わしの大事な大事な 宝なんじゃから。 そう言って、火影は満足そうに微笑んだ。
|
||||
![]() |
![]() |
![]() |