喉が焼ける。



水が、飲みたい。自分の身体から、どんどん水分が失われていくのを感じる。

崩れそうになる身体。水を求めて喘いでみても、乾いた熱砂が頬を掠めるだけで。
自分が縋れるものは、目の前をゆく人の ひやりとした手だけ。

その心地良い冷たさに身を委ね、掠れる声で問い掛ける。



「どこへ いくんですか・・・?」


「いいところ、ですよ」









****





酷く喉が渇いて、目を覚ます。
相変わらず、窓の外は土砂降りの雨。
夢の中ではあれほど水を求めて喘いでいるのに、現実では溢れそうなほどの水の中に居る、
そのギャップに少し眩暈がした。




今日は珍しく、右手が空のままだ。




カカシは、任務が入っているらしく、昨日の夜更けにそっと出て行った。
夜半に単独の呼び出しとなれば、必然的に上忍の任務であるに違いなく。
イルカはカカシの身を案じながらも、彼ならきっと平気であるという、何やら確信めいたものが自分の中にあることに安堵した。



――――カカシは暗部籍を退いてから、以前の様な まさに生と死が紙一重であるかのような戦場に赴くことは殆ど無くなった。
実際現在でも、暗部用任務の要請はしばしば舞い込んでいるらしいのだが、 それらを全てカカシが断わっているのを イルカは知っている。


それは、一つには自分が指導すべき部下が出来たため。そして一つには、帰らなければならない場所が出来たため。
『まだ 自分は死んではならない』という認識がカカシの中で生まれたからに他ならなかった。


それが、イルカには嬉しかった。



昨夜も、今回の任務は今日中に終わる予定だと言っていた。
それを思い返し、イルカは、寄る辺無い掌をそっと握り込む。


空の右手に当たる空気が、やけに肌寒かった。










雨天の都 2











「センセ〜!こくばんの字!まちがってるよ!!」


元気良く上げられた声に、教室の皆が一斉に笑い出す。

「あ・・・」

良く見てみると、“忍法”の「法」が「方」になっている。

「まいったなぁ・・・悪い悪い!」


今日何度目かのミスだ。
鼻の傷を掻きながら、片手を拝むように顔の前に上げて肩を竦めると、その様子に更に教室から笑い声が上がった。


「センセイ、どうしたの?なんかボーっとしてるよ」

「・・・そうか?」


あぁ、とうとう生徒から指摘されてしまった。本当に、最近の自分の不甲斐無さと言ったら無い。
花瓶を割る、弁当を落とす、教壇に足を引っかけて転ぶ・・・挙げだすとキリが無い。



―――特に今日は酷い。

いつもは笑ってばかりの生徒も、流石に心配になったのだろう。 クラスの悪戯小僧までもが心配そうな目を向けてくるのに、まいったなぁと苦笑して溜息を吐いた。


「ごめんな!きっと、雨が続いてばっかりで気分が滅入っちゃってるんだろう。 全く、お前らに心配されてりゃ世話無いな。ありがとな。」


一番前の席にいた子の頭をくしゃくしゃと撫ぜながら皆に笑いかけてやると、漸くクラスに笑顔が戻る。





・・・ざまぁ無いな・・・ほんと。
生徒に心配されるなんて。


ぱん!と頬を叩いて、気合いを入れ直すと、再び黒板に向かう。
しっかりしないと。幾ら長雨続きだからといって、教師がこれでは示しがつかない。

特に、今日は酷い。








―――――・・・今日は・・・?






はたと、思い当たる。


知らず、視線が右手に留まった。








・・・なんだ、これは。 手が繋がれていなかっただけでこれか。


―――子供じゃあるまいし。









・・・けれど、
これでは・・・






今更辿り着いた考えに、思わず生唾を飲んだ。
知らず、冷や汗がつたう。












――――あの人が俺を捨てた時

自分はどうなってしまうのだろうか―――














イルカがアカデミーから出たときには、既に時刻は夕刻を過ぎていた。
薄闇の中、雨の音だけが密やかに響く。
薄明かりに照らされた道端の紫陽花は、深い蒼に変わろうとしていた。

紫陽花に一人の顔を連想し、宵闇に向かって声をかける。


「―――――隠れてないで、出てきて下さいよ」


「あれ?バレてました?」



途端、虚空から声が降る。
闇の中から銀の光が跳ね、音も無く目の前に人影が降り立った。

この連日の雨でぬかるんでいる中に、音も無く、か。


今更ながらにこの男が上忍であることに気が付く。全く嫌味の無い自然な振る舞い。
それが余計に、自らの立場の違いを浮き上がらせ、イルカは無意識の内にカカシから目を逸らした。




苦しい。

せめて、同じ立場だったら良かったろうか。



「・・・どうか、しましたか?」

不意に髪が頬に当たる程の距離で顔を覗き込まれ、イルカは思わず赤面して俯いた。


「・・・カカシさん、濡れてますよ・・・」

傘に、入って下さい。
そう言って、男二人が入るには小さい傘を差し出すと、カカシはやんわりと笑ってその手を押し留めた。

「いいえ。いいんですオレ。雨好きだから」

そう言って、突然の動作で口布を下ろし、イルカの唇に口づける。
軽く、触れるだけのそれに、イルカはカカシの体温が随分下がっていることに驚いた。
慌ててカカシの袖を掴む。忍服はぐっしょりと水を吸っていた。


「あなたっ・・・!!体冷えてるじゃないですか!風呂入っていって下さい。火入れたら、すぐですから・・・」


カカシは一瞬驚いた顔を見せると、それは嬉しそうに微笑んだ。




「雨、好きですよ。こうしてイルカ先生に心配してもらえるし」





















玄関口を入ってすぐ、カカシに縫い止められた。


三和土に履物を脱ぐ間も無く、性急に 壁に両手首を押さえられ、冷たい唇を押し付け合う。
角度を変えて、深く奪われる唇。 濡れて冷たくなった唇から、どきりとする程熱い舌が、滑って口内に差し込まれた。

雨を吸ったカカシの口布が、仰のいた咽喉に冷たい雫を垂らす。その冷たい感触に意識が現実に引き戻された。



「せんっせ・・・先生!!待って下さい・・・いやだ・・・」


最後の「いやだ」にぴくりと反応して、カカシが身を起こす。


「風呂、入って下さい・・・カカシさん」



被さる身体を突き放すようにすると、複雑な表情のカカシと目が合った。
瞬間、反射的に目を逸らす。彼とは、いつもまともに目を合わせられない。


「冷えてしまいますから・・・早く、身体を拭いて下さい・・・」

目を逸らしたまま、彼の胸についた掌に少し力を込めると、少しの間の後、カカシは大人しく身体を離した。



「――――風呂、先にイルカ先生が使ってください」

「え・・・?」

「オレが先だと、我慢できそうにないんで」

ね。


そう言って、カカシは笑った。







温かい湯が、顔を打つ。
組紐が解かれ、流れるに任せた髪が次第に濡らされてゆく。
イルカは、頭上から降ってくるシャワーをじっと見詰めていた。



どうして、カカシは・・・
優しくするのだろう。


さっきだってそうだ。彼なら幾らでも、力や立場に物を言わせて好きな様にすることが出来るのに。
どうして、こんなにも気を遣ってくれるのか。

この優しさが、自分を狂わせるのだ。どんどん、彼の深みに嵌ってゆく様で。

・・・いつの間に、彼はこんなにも自分の中に入り込んでいたのか。
今更ながらに思い知らされる現実に、思わず唇を噛む。



やめてくれ。
優しくなんか、しないでくれ。
どうせ、飽きたら他の女の様に捨てるくせに。
こんなことなら、無理矢理にでも言うことを聞かされていた方がまだマシだ。

・・・優しく、されたら
これ以上、彼が自分の内に入ってきてしまったら


――――俺は、あなたがいなくなったときどうすればいいんだ





不意に込み上げてきた思いに耐え切れず、壁に手を付いて俯く。
項に、背中に かかる温かい流れ。

まるで雨の様だ。




雨は嫌いだ。あの日・・・両親を失ったあの日も、雨だった。



九尾との激戦で壊滅寸前だった里に、その傷を癒すかの様に雨が降ったあの日。
雨の中、戦場の跡をまだ幼かったイルカは必死で駆けた。
足の踏み場も無い程に そこら中に倒れる無数の身体。
重傷を負い、動けない者、もう既に息絶えている者。
その中から、両親を探そうと必死で名を叫んで駆けた。

冷たい滴が、倒れ臥す人々の身体にかかり、その傷口から容赦無く体温を奪う。
雨が、まだ息のある人達からも確実にいのちを奪ってゆくのが明らかに解った。



ころさないで・・・!



声を限りに天に叫び、イルカは焼け跡を死に物狂いで捜した。

どれだけ叫んでも、答える者はいなかった。両親は、見付からなかった。




あの日の痛みを、再び思い出す。

雨は、きらいだ・・・きらいだ。
どんなに渇望しても、命の限り願っても、得られないものはある


だから、もう、期待しないと決めたんだ。
だから、もう・・・
俺に優しくしないで。
俺の中に、入り込んで来ないで下さい。失った時、また、あんな思いをするのは嫌だ・・・






がたん、と音を立てて、風呂場の扉が開いた。壁に項垂れるイルカを見て、カカシの目が大きく見開かれる。

「どうしたんですイルカ先生―――――」

「・・・なんで入ってくるんですか・・・」


驚きに掻き消されそうになったものの、垣間見えたイルカの瞳は真っ暗で。

違いますよ、と前置きしてカカシは言った。

「ちゃんと、ノックはしました。声もかけました。けど、全然返事が無いから、心配になったんです」






――――――心配。

イルカは唇を噛み締め、物申してやろうとキッとカカシを見上げた。

途端。

カカシが強引にイルカの身体を抱き寄せた。
濡れるのも厭わず、服のままシャワーの中に入って来る。


「!ちょっ・・・!カカシさん!やめて下さい!!」


服が、と続けようとした言葉は、被さってきた冷たい彼の唇に飲み込まれた。
シャワーで温まった身体に、カカシの冷たく濡れた服が、手が、絡み付く。
腰に廻る冷たい手の感触に、思わず逃げを打つと、予想に反して強い力で抱きすくめられた。
項の辺りの髪をひやりとした指で解され、知らず洩れた吐息の合間を縫って、他とは反して熱い舌が差し込まれる。


今度は、カカシはやめなかった。

「―――――んッ・・・!」

身を捩じらせて逃げようとするが、腰と頤に絡んだ指が考えていたよりずっと強く、イルカの自由を奪う。
シャワーの流れるのもそのままに、カカシはイルカを自らの身体ごと壁に押し付け、深く口づけた。

ぬめりとした舌が、歯列を割ってイルカの舌を絡め取る。 それに吸い付いたかと思うと軽く歯を立て、より深くを味わおうとする。

こなれた動きに、イルカの膝から力が抜けた。


「ふ・・・あ」


酸欠の魚の様に、必死で空気を貪ろうとする。
は、は・・・と 荒い息を繰り返してカカシの胸に顔を伏せているイルカの脚を、カカシは自分の左足で絡めとった。




「――――!!やめ・・・!!」


力が入っていないのを良いことに、そのままかくんと崩れたイルカの身体を、頭を打たないようそっとタイルに寝かせる。
猶も暴れて逃れようとするイルカを力に任せて押さえつけ、カカシはずい、と顔を近づけた。
至近距離でイルカの濡れた、慄いた様な漆黒の瞳と視線がぶつかる。





「・・・どうしたんですか?イルカ先生。何があったんです?最近、あなた少しおかしいです」






諭すように、言い含めるように。 カカシは、イルカの瞳を見据えて、言い聞かせる様にゆっくりと言葉を紡いだ。

組み敷かれたイルカが、驚いた様に目を見開いてこちらを見ている。
その顔に張り付く 濡れた黒髪をそっと除けてやり、カカシは猶も問い掛けた。

「なぜ・・・なんです?」


すると、イルカが、瞬間顔を歪めて、ふっと目を逸らした。
苦しそうに。

イルカの顔に、カカシの背中に、かかるシャワーがまるで雨の中のようだった。








突然、くく・・・とカカシが笑った。
驚いてカカシを見る。咽喉の奥で笑ったカカシは、眉を寄せてイルカを見据えた。



「・・・どうして、何も言ってくれない・・・?」




オレじゃ、役に立ちませんか?
オレには、言えない?

刹那、カカシの露になった左目に走る傷が、まるで涙のように見えた。



「どうして・・・」



イルカの胸に頭を擦り付けるように、首を垂れてきたカカシを、イルカはかける言葉もなく見詰めた。
その肩が震えているように見え、思わず手をかけようとした、そのとき。


さ、と顔を上げたカカシを見て、ぞくりと悪寒が駆け抜けた。
その眼には何の感情も篭っていない。冷たい、ガラス玉の様な鮮烈な朱がイルカを射すくめる。

「・・・カ・・・」

引き攣れた様な小さな掠れ声が、咽喉の奥で小さく音になった。その途端。



――――――――!!!

声にならない悲鳴が、気道を貫いた。
腕の関節が無理に曲げられ、軋み、悲鳴を上げる。 その激痛に思わず視界が曇った。
無理矢理手首を捻り上げられ、両手を一つに頭上で拘束される。

眉を寄せて激痛に耐えるイルカを、カカシは薄らと笑って見遣った。
流れるような一連の動きを、カカシは左手一つでやってのけたのだ。
その余裕に、イルカの背を戦慄が走った。


・・・格が違う・・・


腕の関節は是でもかと言うほど奇麗に極められ、手だけでなく上半身が全く動かせない。


「く・・・っ」


猶も藻掻き睨みつけてくるイルカに、カカシは刹那、酷く寂しそうな表情を見せた。
それが見間違いであったのか何だったのか。
顔に、目にかかる水滴がイルカの視界を曇らせた。確かめようと眼を瞬かせたとき

カカシが唇に喰らい付いてきた。
先刻とは比べ物にならないほどの激情で以ってイルカの口内を激しく蹂躙する。
歯列をなぞり、余す所無く唾液を吸い尽くそうと蠢く熱い舌。 それと対照的に、氷の様な唇が隙間無くイルカの赤唇を覆う。

「ふ・・・っん・・・」

鼻に抜ける喘ぎを漏らし、イルカは意識を飛ばしそうになった。
それと同時に、カカシの自由な右手指がイルカの胸の突起に引っ掛かる。

「――――ひ・・・っ!」

イルカの背がひくりと撓る。



それが合図の様に、カカシは執拗にその突起を捏ね回した。
容赦無く力を入れ、指の腹で擦り合わせ、引っ張り、押し潰す。


「あぁ・・・っ く ぁ!!」

強過ぎる刺激に、イルカの眦に涙が滲む。
痛みを逸らそうと、唇を噛んで顔を背けた。


カカシはイルカの口内を這い回らせていた舌を引き抜き、露になったイルカの頤を舐め上げる。
そのまま耳朶を甘噛みしてやると、小さく声を上げてイルカが震えた。
耳の皮膚の薄い、敏感な場所をわざと音を立てて舐め、鼓膜に直接音を落とす様に、息と共に耳道に唇を付けて囁く。

そこが、イルカの弱い部分だと承知の上で。



「・・・気持ちイイですか?イルカセンセ」


カタカタと震えるイルカを押さえ、その反応を楽しむ。

「センセ、ここ好きだもんね」


熱い吐息と共に吹き込まれた言葉に、またイルカの身体がびくりと跳ねる。

・・・流される。この人に、また流されてしまう。
イルカは、それ以上声を漏らすことの無いよう、ぐっと歯を食い縛って眼を瞑った。


「―――――ねぇ。何か言ってよ」
気持ちいいんでしょ?



カカシは耳朶から唇を滑らせた。 耳の付け根を吸い、顔を逸らしている為ぴんと張った首筋を辿って、かち、と鎖骨に歯を立てる。
骨の付け根の柔らかな皮膚を吸い、脇腹に唇を落として、舌でくすぐる様に愛撫した。
それぞれのポイントをカカシの唇が滑る度、びくびくと震えるイルカに、満足げな笑みを漏らす。

・・・全て、幾度も交わした情交で覚えてしまった。彼の性感帯。


「そう言えば、ここも好きだったよね」

「・・・!!」

自分の指で玩ばれ、すっかり赤く熟れてしまったそこ。 その部分は既に痛みだけでは無く、痺れる様な快感をもイルカに伝え始めている。
赤く膨れ上がった乳首を舐めるように見詰められ、イルカは羞恥で強く唇を噛んだ。

その様子を見てふ、と笑むと、硬く尖ったそれを掠める様に焦らし、カカシはわざと少し離れた場所に唇を落とす。

「―――――く ぅ・・・!!」


イルカの咽喉から漏れたくぐもった声に、眼を上げると、顔を逸らして必死で声を立てまいと唇を噛んでいるイルカの表情が見えた。




―――――何故。

カカシの中を、苛立ちに似た感情がうねった。
腹立ちや焦燥に似たその炎は、同時に如何し様も無い悲しみを内包している。

すっかり赤く、敏感になったその突起の周りを尖らせた舌でぐるりと舐ってやると、背を撓らせて眉根を寄せ、切なそうに息を吐くイルカ。


身体は、こんなに正直なのに。
・・・この 頑ななまでの態度は何だ。


「・・・感じてるなら、声出せばいいでしょ イルカ先生」
どうしてそんな苦しそうな顔して、オレを拒むの。


右手を腰のラインに沿って滑らせ、イルカの中心に触れた。
触れられてもいないに関わらず、そこは熱を持ってふらふらと勃ち上がりかけている。
融けるように熱いそれをゆっくりと握る。 形を教えてやる様にそっと指の腹で辿ると、今度こそ耐え切れなくなったイルカから鼻にかかった喘ぎが漏れた。

「はぁ・・・あぁ・・・っ!」



ほら、やっぱり身体は正直だ。

「――――ねぇ、イルカセンセ」

オレを見てよ。
オレを見て―――――



カカシは衝動に突き動かされるまま、イルカの胸の飾りに激しく吸い付いた。
同時に、イルカの前を強く扱き上げる。

「くっあ・・・あぁっ!!」

吸われながら、尖った舌で刺激される突起。 そこから抗い様も無い甘い疼きが身体中を駆け、カカシの長い指に絡め取られている性器が、過ぎる快感にびくりと震えた。
脚を抉じ開ける様にカカシに身体を割り込ませられ、脚で太腿を押さえ込まれて、身動きも取れないイルカはその快感を余す事無く受け止めさせられた。
耐え切れずに首を振ると、濡れ髪から滴が跳ねる。

「オレを見て、イルカ先生」

不意に拘束されていた両手を離され、頬にそっと触れられた。
薄く開いた瞳に、滲んでカカシの顔が映る。


・・・何て、 悲しそうな・・・



イルカがそう思った瞬間、カカシがイルカの先端に く、と爪を立てた。

「ひあああっ!!!」

思わず漏れた声に口を塞ぐ事も出来ず、イルカは白濁を放った。
痙攣する腹の上で、それは温い水と混ざり、流されて行く。

シャワーがタイルを叩く音が、やけに耳に付いた。



はぁはぁと肩を揺らして 息を整えようとしているイルカ。
僅かに上気した顔で、少し眉を寄せてこちらを見上げてくる。 髪が乱れて顔に張り付いている様が艶かしい。
濡れた漆黒の瞳が、焦点を失って自分を見ていた。


カカシは、ごく、と咽喉を鳴らした。
自分の中の劣情が嫌と言うほど刺激されるのを感じる。
昼間の彼からは想像もつかないような、この色香。

「・・・ごめん、センセ」


自分の雄としての器官がどうしようもなく熱を持ち、限界寸前なのを感じて、カカシは乱暴な動きで自らのアンダーを剥ぎ取った。
充分過ぎるほどに水を吸ったそれは、投げ捨てられた先でべしゃと音を立てる。
荒い息でズボンの前を寛げると、身体の下でイルカが息を呑むのが分かった。


――――手加減出来そうも無い――――

そんな思いが頭の端を掠める。



性急にイルカの腿を割らせて脚を抱え上げ、最奥に触れる。
既にシャワーの所為だけでは無く濡れているそこに指を這わせ、突き立てると、途端、イルカの身体がびくりと跳ね上がる。
鎔け落ちそうに熱いそこに、カカシがうっとりと指を揺らめかせると、柔らかな襞は驚くほど柔軟に銜え込む動きを見せた。


既に抵抗を諦めたイルカは、両手で口を塞いで、声を漏らすまいとしている。
それでも、堪え切れない声が、甘く手の隙間を縫って洩れてくる。
がたがたと震え出すその身体に、カカシは再び、激情で身が支配されるのを感じた。


「どうして・・・何も言ってくれないんです先生・・・」

あなたのことが好きです。
だから、あなたのことを解りたい。
・・・だから、オレの事見てください。


ちゃんと見て。



突然、秘部に埋め込まれていた指がずぶりと引き抜かれる。その衝撃にイルカが息を詰めた
次の瞬間



「――――!!!!」

圧倒的な質量を持って、指とは比べ物にならない程熱いものが押し入ってきた。
反射的に捩れる腰を押さえ付けられ、イルカは喉を鳴らそうとする声を必死で噛み殺す。


「・・・やめて、イルカ先生」

そうやって声殺さないで。

ぎゅう、と締め付けてくる熱いイルカの内部に眉を寄せて耐え、カカシは震えるイルカの手を口から離させた。

「声、聞きたい。聞かせてください」

荒い息の下、カカシがイルカの顎を持ち上げ、ぐい、と仰のかせた。
同時に激しくイルカを突き上げる。

「ああああぁっ!!!」

ひゅう、と気道に空気が入り、イルカは隠しようも無い声を上げた。
カカシの雄に、内壁前面の敏感な一点を突き上げられ、甘い疼きが全身に走る。


カカシが激しく律動を始めた。
的確に快感の走るポイントを擦り上げるその動きに合わせ、開いた気道からどうしようも無く甘い喘ぎが洩れる。
カカシは耐え切れずにその仰のいた咽喉に噛み付いた。

「ひっ・・・いぁ・・・あっ・・・!」


食われる、と思った。
まるで獣の様に。この銀色の魔物に、食われる・・・。

しかし、それでもいい、と頭の隅でイルカは思う。
歯を突き立てられた場所からの痛みさえ、甘い疼きへと変わり、イルカを喘がせた。
情欲に濡れたカカシの瞳を見て、言い知れない安堵と満足感を抱く。


――――この人のものになってしまいたい


そんな自分の思考に 背を冷たいものが走った。
だが、深く考える暇無く、カカシがごり、と一段深くを突いてきた。
甲高い声を上げた刹那、ぐっと腰を抱え上げられる。 床から腰の浮かんだ中途半端な状態に、イルカの手が思わず宙を掻く。


「ヒぁ・・・っ!!」

そのまま激しく揺さぶられ、より深い所でカカシを銜え込む体位に、イルカの咽から獣のような悲鳴が上がる。
がくがくと突き上げられながら、イルカは無意識の内にカカシの背に腕を回した。


瞬間、

「・・・っ あぁ あ!!!」

「っ――――!!!」

折り曲げた体が、内に含んだカカシを強く締め上げ、その拍子にイルカの中の疼く部分が ず、と押し上げられた。
その刺激に、ほぼ二人同時に激情を放った。


「イルカ・・・先生・・・」



荒い息を弾ませながら、カカシは 同じ様に喘いでいるイルカの頬に、唇に、口付けた。






イルカが、自分を受け入れまいとする その瞬間があるのをカカシは目敏く理解していた。
・・・それならば、それで良い。
嫌われているならば、いっそそれでも良い。


―――――なのに、何故。
こちらに手を差し伸べてこようとするのか。
何故、そんな苦しそうな顔でオレを見るのか。

そして、何故 こんなに自分に溺れてくれるのか。


イルカとのセックスは、まるで快楽の海を二人で漂っているかのようで。
まるで本当に愛されているんじゃないか、と
そんな錯覚をしてしまう程に。


「イルカ先生・・・」

「・・・オレでは、役不足ですか」


でも。それでも。

「――――――好きです、イルカ先生・・・」

愛しています。



彼に、この言葉は届いているだろうか。
カカシは、雨の様なシャワーの中で、ぐったりと瞳を伏せたイルカの肩に頭を垂れた。





雨は好きだ。
雨は、自分から全て流し去ってくれる様な気がするから。

任務で浴びた返り血も、自分の手に染み込んだ命も、汚れた自分自身も。

イルカにはこの穢れが伝わらない様、任務の後は雨に打たれる。
雨が、自分を出来る限り流してくれるまで。
そうして、あなたに会うのに相応しくなれるまで。







泣けない自分の頬を伝った滴が、涙の様に滴り落ちた。
ふと、自分は今、本当に泣いているのだろうか、と



そう、思った。















BACK              
NEXT