何処までも続く、熱い砂に足を取られる。



見渡す限り一面の砂礫の世界。黄土色が、眼に痛い。照り付ける太陽が肌を焦がしてゆく。
暑くて、熱くて。自分の吐息で喉が焦げそうだ。




もう、どれだけ歩いているのだろう。地平線はどこまで行っても陽炎を揺らめかせるだけで。
何処を目指して歩いているのかも知れない。ただ、歩き続ける。
限界を迎えた脚が震えて、砂の中に埋もれそうになる。途端、強い力で引っ張り上げられた。


右手に感じる、それ。そうだ、右手だけはずっとひんやりとしたままで。

霞んで見えない目を懸命に凝らす。
腕を引く 目の前の人が微笑む。視界に広がる、柔らかな銀色。


「さぁ、大丈夫。もう少しだから、頑張って」


力強く、砂の中から引き上げられる。





・・・あぁ、この人。ずっと俺の手を



牽いて。






冷たい手。とても気持ちがいい。けれど、その手に込められた力は強く、強く。

まるで





離すものか、と。










雨天の都











窓を叩く雨の音で目が覚めた。


ここ数日、ずっと降り続いている雨は 夜半に強さを増したらしい。
木々が互いの枝を擦り合わせ悲鳴を上げる、嵐のような窓の外を その雨が嘘のように 静寂が支配している薄青い部屋の中で
ぼんやりと見遣った。


(また、この夢か・・・)


詰めていた息を、ゆっくりと吐き出す。



イルカは、空気を乱さないようにそろりとした動作で横に視線を移す。傍らでうつ伏せになり、枕に顔を埋める様にして眠るカカシを見詰めた。
規則的に上下する、裸の背中に揺れる柔らかな銀髪に指を這わせ、ほう、と溜息を吐く。





カカシの白い手は、イルカの右手にしっかりと絡まっている。











夢の中で、カカシはまだ手を離さない。

この人は、いつまで 手を離さないでいてくれるのだろう。








****



―――――雨が止まない。

時に強く頬を打ってくるかと思えば、すぐに身体中に纏わりつく様な小糠雨に変わる。
そんな気紛れな雨に辟易したように、空はじっとりとした曇天だ。



「空が、近いな・・・」

イルカは思う。


一筋の光も漏らさずもったりと重なる雲は、ともすると含んだ湿気の重みで垂れ落ちてきそうだ。
世界が灰色で 狭くなるにつれて、自分の内の気持ちも厚い雲に覆われる気がする。



・・・梅雨時の 悪い傾向だ。


ひたひたと髪を、皮膚を侵食する雨に打たれながら、イルカは天を仰いだ。










雨は、いけない。

雨に降られると、否が応にも、孤独な自分を思い知ることになるから。


しかし、随分久しく、このような感覚からは遠ざかっていた筈だった。
守るべきものを見つけ、自分の位置を見つけた今、大人になった自分は、過去の想いとは決別した筈だったのだ。

それが又、このような想いに囚われている。


原因は判っている。



はたけカカシ。





彼が、自分の中に入り込んできたからだ。












「イルカセンセ?」


水色の紫陽花をぼんやりと眺めていたイルカは、その声で我に返った。
顔を上げると、雨の中に溶け込むようにして、カカシが立っている。

両手をポケットに突っ込み、少し猫背気味な姿勢。 いつもの様ににこにこと上機嫌で。

「どうかしました?・・・あぁ、アジサイですか?」

そう言って、イルカの横まで来ると、足元に群生している紫陽花に手を伸ばした。



花には特に興味が無いらしいカカシが、唯一好むのがこの花だ。
理由は単純、『色々な色に変わって面白いから。』


・・・カカシらしい考え方だと思った。


確かに、紫陽花は見ていて飽きない。どんな美しい花も、姿が変わらないものは、いつか飽きられてしまう時が来るというのに。




そう、どんな花でも。




頭一つ、下の方で花を検分するカカシを見遣った。少し目尻の下がった伏目がちの目に、髪色と揃いの睫毛が揺れる。
今は覆面に隠れて窺えないが、その下には通った鼻筋と、薄い唇が隠されているのも知っている。
さぞかし、女たちが放って置かないことだろう。




――――――奇麗なひとだ、と思う。


完成されたひと。何故こんな人が自分のことを構うのか解らない。




好きです、と言われた。
それこそ、数え切れない程。
愛している、と言われた。
本気としか、取れないような 真摯な眼差しで。

「飲みに行きましょう」という、単なる食事への誘いがやがて逢瀬になり。
求められるまま、身体を重ねて。


――――所詮、上忍の気紛れであると、解っている。





けれど、気が付けば。


彼を目で追っている自分に気付いた。






そこまでされて、彼のことを嫌いであろう筈が無い。
・・・けれども、常に一歩引いて成り行きを見守ろうとする自分がいる。
決して深入りしてはいけない、と
自分の中の何かが警鐘を鳴らす。




きっといつか


・・・色を変えることも出来ない自分は。






雨で鎖された視界の中、揺れる銀髪からひっきりなしに雫が滴り落ちるのを 半ば夢の中の出来事の様に見た。
カカシが現れた時も思ったが、彼はまるで雨と一体となっている様だ――――



そこで初めて、彼がずぶ濡れであることに気が付いた。



「カカシさん!あなた、傘もささないで・・・」

「あなたもでショ?」

心底可笑しそうな目で、ちらりと目配せをされる。・・・確かに。
自分も彼と同様、いつの間にかずぶ濡れになっていた。


ぼんやりしているにも程がある。
そんな自分に嫌気が差し、暫し呆然としていると、雨に濡れた手を、同じ様に濡れそぼったカカシの手が握り込んだ。

「こんなんじゃ、風邪ひいちゃいますよ?」
勿論、オレもね、とにこりと笑ってカカシは言った。



「だから、イルカセンセ」



―――――お邪魔しても、いいですか?








彼に取られた手から、ゆるりと体温が伝わった。


けれど、


にこと笑った彼と雨の間は、まるで境界線が曖昧だった。













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