30のお題   (←配布元様:閉鎖されました。お疲れ様です)

すてきなお題たちに惹かれ、思わずお借りしてしまいました。
・文章、もしくは絵でこなしていきたいと思います。
・順番はバラバラです。長短ちゃんぽん。
・一話完結型です。続きません。
・マイペースに。


現在 29/30  last up 2010.11.15



[1]〜[9]  [10]  [11]  [12]〜[14]  [15]  [16]  [17]  [18]  [19]〜[20]  [21]  [22] [23] [24] [25]〜[26] [27] [28]


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まず、メスかな。


オレの体は、多分バラバラにされちゃうから。
オレみたいな奴の体は、結構価値があるらしくて 秘密を皆が知りたがるから。
眼、から始まって、髪、皮膚、筋肉、内臓。
キレーにバラバラ。
そんなとこ、な〜んにも隠れてないと思うけど。
オレはオレで、何にも秘密なんてないから、
何だか、自分じゃ良く分からないけどね。


医療班の、白い、服、服、服。
日に当たる事を知らない奴らの、白い顔。

それから、火。
真っ赤な炎。
刻んだオレの体、欠片も他の国に渡らないように
木の葉の秘密が漏れないように。
普通の火じゃ、灰が残ってしまうから、
塵すら残らないような特別製の忍術で。

その炎、すごく赤くてね
何だかおもちゃみたいなんですよ。


オレはキレイに大気に溶けて、
ふわふわ 木の葉の中を飛ぶ。


黒。
黒い葬列。
もうとっくにこの世には存在しないオレを 送ろうとする鎮魂式。
別に、悲しんでくれるのを期待してるわけじゃないよ。
むしろ、オレがいなくなって清々してる奴らが大半だと思います。
里の義理で出席する祭典。
それらが集まってできた、無数のカタマリ。
空から見たら、きっと真っ黒に見えるだろうね。

・・・あ、
金色、桜色、ちょっと青味がかった黒。
小さな三つの影が、これまた小さく身を寄せ合ってるのが見える。
見えた。
小さく・・・震えてるのかな、あいつらは。
・・・そうだね、もし、オレにも泣いてくれる人がいるとすれば、
こういうのがいいな。先生は嬉しいぞ。
立派な忍びになれよ。
大好きだったよ、お前らのこと。


そして、森や、夕焼けの空。
緑の合間を縫って、木の葉の慰霊碑。

――――そこに、アナタはいるんです。
きっと。
葬式になんて出ないで、石に刻まれたオレの名前を、ぼんやり、確認してるんだ。
『あんな馬鹿でしつこい男が、カカシさんみたいな人が、そんなに簡単に俺の前からいなくなるわけないだろう』
『暗くなってきたから、俺は見間違えてるだけなんだよな、きっとそうだ』
とか思ってね。
そして、アナタの 手。
ちょっとかさかさして、暖かいアナタの手、好きです。
あったかい指が、確かめるように石碑に彫られた窪みをなぞって



それで、アナタは初めて泣くんだ。
崩れ落ちるように、石碑の前に腰を落として。
透明な、水滴。
頬を伝った温かな涙は、流した傍から冷たい空気で冷やされていくけど
その冷たさも、追い着かないくらい。
暖かい滴が、ぱたぱたと石碑にかかるんです。きっと、すごく興奮するだろうな、オレ。
泣いてるアナタの涙を、石碑になって受け止めて、濡れる頬を、風になってそっと拭おう。
愛してますよ。
これからも、きっと。

ずっとね。


そして、最後。
オレは風を切って天に昇って
・・・雪になります。
ふわりふわり、あなたの肩に、頭に、背中に。
舞い落ちて、そっとアナタを抱き締める。
アナタは気付くかな。気付かなくてもいいや。
オレは気の済むまでアナタを抱いて、そうして、アナタの熱で消えるんです。

・・・あぁ、なんだか、すごく嬉しいな。

アナタがオレの為に泣いてくれる、って思えたことが、今、すごく嬉しい。

ね、イルカセンセ。これがオレの考える、世界の終わりセット。





そう言って笑ったオレを、あの人は何も言わず、ただ、ぎゅっと抱き締めた。







「世界の終わりセット」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








イルカ先生のポケットには、色々なものが入っている。

胸ポケットの赤ペンに始まって、メモ、カギ、忘れ物の小さいキーホルダー、誰かが作った不器用な折鶴。
ズボンのポケットにはゼムクリップ、子供が怪我をしたとき用のばんそうこうが何枚か、捨てるのを忘れた小さなゴミ、意外と便利なんですよ、と言う輪ゴムや、乾燥に気を使っているのか リップクリーム。その癖くしゃくしゃのハンカチ。
元々、ポケットにものを沢山入れる習慣の人らしく、歩くたんびにじゃらじゃら音がしそうなくらい、彼のポケットはガラクタでいっぱいだ。
それに加えて、彼のベストには、アカデミーの生徒によって入れられた彼らの「宝物」が山ほど入っている。
変な形の草の蔓や、珍しい形の葉っぱ、蝶の羽やセミの抜け殻なんかも。それに、子供たちが競って見つけてきたという、すべすべとした石ころ。それこそホントの『ガラクタ』が。

空っぽのオレのポケットとは見事に正反対。
・・・だから、あんなに着膨れして見えちゃうんだよなぁこのひとは。
『人気者ですねぇ、イルカセンセ』と言うと、
『なんだか、いつの間にか勝手に入れられちゃうんですよね』
見つけたのはいいけど、持ってるのが邪魔くさいんでしょ。
俺はカバンかよ、ってね。

そう言ってイルカセンセイは笑った。


ふうん?
そんなモンかなぁ。

でも何だかアナタが幸せそうなので、オレもにっこり笑い返した。



翌週、久し振りに二人の休みが重なった。
二人で存分に寝坊して、ようやっとイルカ先生が掠れた声で『流石に・・・起きましょう、か・・・』と促してきたのが、お昼もたっぷりと過ぎた頃。
身体を起こすと、頭はぼんやりふんわりして、中々意識がはっきりしない。
けれども、重くない瞼が充分な睡眠をとったことを示していて。
ぱきぱきと鳴る身体は、昨日の余韻で少しだるかったけれど。
あぁ、いい日だ。


軽く朝昼飯をとって、することもないので、二人、ぶらぶらと散歩に行くことにした。
少し離れた場所にある、大きな自然公園まで歩く。
太陽はもう大分低い位置にあり、夕刻の涼やかな気配を漂わせ始めていた。
人影もまばらな、秋の始めの木立の中をゆっくり歩く。
すぐ横にあるイルカセンセイの黒い尻尾が、風にするすると揺れた。
太陽に染まって、イルカセンセイの頬も、暖かい色に光っている。

あぁ、
キス、したいな
と オレは思う。

しないけどね。こんな人通りのある場所でイチャイチャするのは、イルカセンセイ的には憚られることらしいので。しない。

あ〜・・・でも、なんかしたいなぁ・・・
一応オレの方が力もあるワケだし。
このヒトが気にするからあんまり言いたくはないけど、一応、オレの方が格上なワケだし。
やろうと思えばね、できるんですよ、イルカセンセ。
やろうと思えば、ね。

あ〜・・・


なーんてことをつらつらと、ぼんやりした頭で考えながら歩いていると、ふと、足元に目が留まった。

あれ。

屈み込んで拾い上げる。
「なんです?カカシさん」
覗き込んでくるイルカセンセイに、子供みたいに自慢げな笑顔を向けて、ホラ、と拾ったものを見せてやった。
夕日と同じ色の、きれいな落ち葉。
ちゃんと三つ又に分かれていて、虫食いもない。完璧な落ち葉だ。

イルカ先生はそれを見て、にこり、と微笑んだ。
「きれいですねぇ」
「でしょ?なんか目に付いちゃって・・・」
イルカセンセイに笑ってもらえて、何だかオレは凄く幸せな気分になった。
くすぐったいような、甘い喜び。

この人、喜ばせたいなぁ、と思った。
「じゃあ、はい。これは、イルカセンセに差し上げます」
え、とイルカ先生はびっくりした顔。
「いやいや!カカシ先生が拾われたんでしょ?」
「でも、いいんです。あげます」
そう言って、イルカセンセイのポケットのボタンを外して、その中に気をつけて落ち葉を入れた。
「ハイ、完了〜★」
「もう・・・子供みたいだ」
くすくすと笑うイルカセンセイに、ほわりと心の中が温かくなる。

お?
ちょっと先の枝に、きらきらした物が引っ掛かってる。
なんだろう、と思って歩み寄ると、
光っていたのは何処かの鳥の落し物。
ふわふわと柔らかそうな、銀灰色の尾羽だ。

オレは、それも取ってイルカセンセイのポケットへ入れる。
「もう!カカシさん!!」
自分で持ってくださいよ、と苦笑する彼に、オレも照れ笑いを返す。



――――あぁ、なるほど。
こういうことだね、コドモタチ。



また、目に付いた暖かな色の木の実を、彼のポケットへ。
すると、イルカセンセイも、「なら、仕返しです」と言って、オレのポケットに小さな石を入れてきた。
その石がすべすべしていてきれいな物だったので、オレは何だか嬉しくなった。

そうして、林の中を歩きながら、二人で次から次へと、『宝物』をお互いのポケットに詰め込みあった。
きれいに斑点模様の出ている木の枝、変わった形に曲がりくねった硬い根っこ、つやつやとした玉虫の甲、平べったい、ごつごつした石(ちょっとイルカ先生の横顔に似ていた。)
そりゃもう、山ほど。
二人で笑いあいながら。


なるほどね。良く分かったよ。

大好きな人と、かけがえのないものを共有したい、一緒に過ごした楽しい時間を忘れて欲しくない という気持ち。大好きな人の身体に、自分と過ごした空気を、証として残したい、という思い。

目の前に、澄んだ水の流れる小川があった。
川面に秋の高い青空が映り込み、夕日を反射して きらきらと光っていた。
今日一日を凝縮したような、あたたかな景色。
オレは、川に入ると、水をすくって、
迷う事無く イルカセンセイのポケットに入れた。

一瞬呆然としていた彼は、すぐに悪ガキの顔になる。
「やりましたね・・・!」
すぐさま、オレのポケットにも水が突っ込まれる。
秋の風景を写し取った、澄んだ川の水が。
二人で夢中で水をポケットに流し込みあっていると、いつの間にか本気の水掛け合戦になっていた。
気がついたら、もう、二人ともドロドロのびしょびしょ。
おかしくておかしくて、大笑いした。


山の向こうに、真っ赤な夕焼け。

夕焼けに染まったびしょ濡れの男二人で、ゆっくり、帰路を辿る。
イルカセンセイのポケットは、はちきれそうに膨らんでいる。
・・・オレのポケットも。
けれど、とても幸せな気分だった。
イルカセンセがにこにこしている。
オレも、こんな顔してるんだろうな、今。


今日を詰め込んだポケットからは、陽だまりの干し草みたいな、すてきな匂いがした。
今日の匂い。
イルカセンセイのポケットからも、同じ匂いがすることだろう。


あぁ 幸せだなあ。



明日は二人で、一緒にベストを洗おうか。





「ホリデーポケット」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








風を抱え込んで、部屋のカーテンが大きく揺れる。
開け放した窓から、カーテン越しに ちらちらと黄色い月が覗く。

静かな夜だ。
夏はとっくに過ぎ去ったが、日中はまだ蒸し暑さが残る。
しかし夜には、ぐっと温度が下がり、頬を撫でる風も肌に寒くなってきた。

隣から規則正しく聞こえてくる密やかな息。じわりとシーツ越しに伝わる、薄い体温。
俺は読んでいた本を閉じ、そっとスタンドの明かりを消した。
机の上に本を置こうと手を伸ばすと、カタッと軽い音を立てて手が何かにぶつかった。

――――あ、忘れてた。

机の上に置いていたのは、昼間、アカデミーの子供から取り上げたドロップの缶詰。
授業中に取り上げたのはいいが、帰りに返してやろうと思っていたまま、うっかり忘れて持って帰ってしまったのだ。
久しく手にすることのなかった、赤と白のカラフルな缶をそっと持ち上げた。
今では掌に収まるサイズのその小さな缶。
面には様々な色のドロップが散りばめられた絵が描かれている。

幼い頃を懐かしく思い出し、俺は小さく笑んだ。
そうだ、色々な色があって、一粒ずつ、眺めながら食べたっけ。

例えば・・・ 視線をずらすと、隣で布団に包まって眠る、銀色のたてがみが目に入った。


――――ハッカ。

思いついた言葉に、俺は思わず苦笑した。
ハッカのあのツンとした感じが子供には曲者で、中々好きになれなかったっけ。
いつも、最後に缶の中に残るのは、ハッカだった気がする。

他には・・・
ふっと、視線を上げると、中天を少し過ぎたばかりの丸い月が目に入る。
もうじきに満ちるその月は、下側をほんの少し欠いた、歪な楕円。

・・・レモン。

開いたままの扉から、台所が見えた。
古い、くすんだ緑色の 大型の冷蔵庫が、静かに唸りを上げている。

・・・メロンに・・・


部屋の中に頭を巡らせると、足元の方に、脱ぎ捨てられた形のままの忍服、二人分。
月の光が落とす影に、濃い紫に染まっていた。

ぶどう、だな。


後は、なんだっけ?
確か、イチゴに、オレンジ・・・

俺の部屋にはない、暖色系のものばかりか。
ここまでかな、と思って、俺ははた と思い当たる。


・・・あるじゃないか、この上ない赤。

カカシさんの、左目。

今は銀の髪と白い瞼に遮られて見ることは叶わないけど、彼の目は、そう、ドロップみたいに真っ赤だったはずだ。
そっと身体をずらして彼を覗き込んでみる。
上忍だけあって流石に気配には敏感だが、こうして隣で俺が穏やかな気を纏っている時には、彼が起きることはない。
彼の睫毛が、ひく と震えた。
整った細い眉が僅かに顰められる。頬の筋肉が瞬間引き攣って、唇が薄く、開いた。

――――夢を 見ている・・・

以前、聞いたことがある。彼がこういう顔をしている時は、戦場の夢を見ているのだ。
今も夢の中で、彼は戦場を駆け抜け、幾人もの敵を屠っている最中なのか。
目の当たりにしたことはないが、噂として聞かない日はない。『写輪眼のカカシ』の戦いぶり。
雷をも切り裂く手で、ほんの一突き。それだけで数十の忍びの命が奪われるのだという。
大地を蹴って、風のように駆け抜ける。
目にも留まらない速さで印を結んで、辺りを炎の海と化す。
そういうとき、垣間見える彼の姿は、

まるで 閻魔のようだと。


また、彼の白い瞼が ひくり、と動いた。
不意に、薄く鳥肌が立った。
この人は今、血の海の中にいる。
俺の預かり知らない、ひとだ。
幾人もの命が、今 彼の中で奪われている
赤い血が飛び散って、辺りは真っ赤な炎に包まれて
その景色を写す彼の目は
きっと、身震いするほど紅いに違いない。

血塗れの彼が、薄く 笑みを浮かべるのを思い描いて、俺は眩暈に襲われた。



怖い・・・






「・・・イルカセンセ?」
は、と気が付くと、いつの間にか目を覚ました彼が、俺の顔を覗き込んでいた。
少し掠れた声で。
思わず、彼の目を見ることができず、ぐ、と目を瞑ってしまう。
気付かないうちに酷く汗をかいていた。
軽く息が乱れる。

俺の二の腕を掴む彼の白い手。汗ばんだ肌に、彼は、気付いてしまっただろうか。


「イルカセンセ・・・」
そっと探るように、呼びかけられた声が思いのほか優しく、俺は、恐る恐る目を開いた。
カーテンがまた、大きく翻る。

・・・目に飛び込んできた、彼の姿。

――――――あ・・・・

心配そうに覗き込む彼の目は、真っ赤なんかじゃなかった。
月の柔らかい光に照らされた彼の瞳は、


優しい、暖かい オレンジ色。


そうだ、俺は何を考えていた?
この人は、こういうひとじゃないか
優しくて、あたたかくて。それが、カカシさんじゃないか。



安堵で、思わず涙がこぼれた。
目の前の人が、俺の知っている「はたけカカシ」であることが 嬉しくて。

「センセ・・・」
戸惑った声で、優しく、俺の頬に手を添える。
「どうしました?怖いゆめでも?」
髪をそっと梳き、静かに唇を重ねられた。
柔らかな感触に、また、止められない涙が零れ落ちた。

彼は、壊れ物を扱うように俺の涙を拭って、
ふわりと俺の肩を抱き締めた。


あぁ、もう・・・
何やってんだろう 俺。
大の大人が子供みたいに泣いて、
・・・
・・・・・馬鹿みたいだ、俺・・・


静かな彼の腕に抱き締められ、俺は今更ながら、深く恥じ入った。
薄い布越しに伝わる彼の肌の感触。彼の匂い。
あたたかくて、本当に自分が危惧していたのが、嘘みたいで。

暫く顔を上げられずにいると、頭の上に顎を乗せた彼がくっくと喉で笑った。
「なんか、かわいいですね イルカセンセ」
そんなアナタも、好きですよ。


ざあっと血が顔に上った。
くそ・・・恥ずかしい。

きっと今一番赤いのは、彼の目じゃなくて俺の顔だろう。
なら、イチゴがそろった、か。


図らずも揃った缶の中の飴たちに、俺は少し舌打ちをした。





「真夜中ドロップ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・









寒いから、人恋しくなるのか
ひと恋しいから 寒くなるのか。


こんな、夜空も凍るような寒い夜は、特に。




どちらとも無く 誘い出した深夜の逢瀬。
寄り添うでもなく、互いの温もりを分かち合うわけでもなく
ただ、どちらとも無く歩き出す。
静かに、静かに。
暗闇に、白い息だけがふわりと広がって、消える。


やがて、辿り着いた小高い丘の上。
木の葉の町の灯が、足元で 無数の星のようにきらめいていた。
天を見上げると、凍って落ちてきそうな幾千もの星が、無限の暗闇にへばり付いている。

境界線の曖昧な空と地上。
こうして町の灯を見下ろしていると、
自分がどちらに属するものか、次第に解らなくなってくる。
この、小さな宇宙に尽くし、この小さな宇宙に散る
そんな忍びの生き方は、まるで、舞台上の寸劇のようで。
それは この視界に映る全ての場所を舞台とした、小さな演劇だ。
その無限の大きさと儚さに、眩暈がする。

こんな身も凍るような夜は、特に。



「きれいですねぇ・・・」
「――――そう、ですね・・・」


どちらともなく、ぽつり、ぽつりと交わされる会話。
ふ、と音もなく吐かれた息が、白く闇の中を立ち上ってゆく。
傍らに立つお互いの体温が密やかに伝わり、
その温かさが、お互いの存在を 静かに主張していた。
足元の曖昧な、この果ての無い小さな暗闇の中、
今 確かに存在しているのは、二人だけだ。


「・・・あの星、ね。イルカセンセ」
「どの星ですか?」
「あれ。月の少し右下をちょっと行って・・・あそこの、明るい」
「・・・あれですか?黄色がかった、小さな」
「そうです。それそれ。」

カカシが幸せそうに笑う。
覆面の下から、少しくぐもった温かな笑いが聞こえる。

「――――あの星、イルカセンセみたいですよね」
「・・・あれが?・・・そうですか?」
「そうそう。小さいけど、こんな空の中でも一際、あったかそうで。」

オレね、任務に出るでしょ。それで、空を見上げるたび、あの星 探しちゃうんですよ。
見つけられると、嬉しくて。
あぁ、やっぱりあったかそうだな、と思って。

「勝手にオレの中では、あの星は『イルカセンセイ』ってことになってるんです」
だから
あの星を、アナタにあげます。



からかう様な調子の声とは裏腹に
じっと虚空を見詰めるカカシの目は、驚くほど真剣なもので。

イルカは 冗談を混ぜて返そうと準備していた言葉を、呑み込んだ。



「・・・なら、カカシさんは、あの星ですね」
あの星。
イルカが指したのは、小さな黄色の星から少し上にある、赤い星。

「・・・赤いのですか?」
「そうです。それそれ」

真似をすると、カカシが小さく笑うのが聞こえた。

「いつもこんなきれいなのに近くにいてくれるから、俺は思わず追いかけてしまうんですよ。
少し上で輝くあなたを」
ふふ、と笑んで、イルカはカカシを見た。

「だから、俺は あの星をあなたに。」




カカシが、大きく息を吸って、虚空へと吐いた。
温かな身体から一際白い息がふわりと広がり、星を薄くぼやかせる。

「――――いいですね、それ」
「ええ。」



「素敵ですね」
「・・・本当ですね」
息を大きく吸い込むと、肺に流れ込んだ空気の冷たさで 少し涙が出た。


「イルカセンセ」

「何ですか?」


「ずっと、あそこにいてくださいね」
ずっとオレの、傍に。


イルカは少し笑う。
「ええ。分かりました」
「ずっと、ですよ?」



「―――――分かってますよ」




そっと伏せた瞼に、温かな口付けが降りてきた。
明日をも知れない、そんな 書き割りの中で







それはまるで、星を数うる如し。











「きらめいてる町の空」 (※星を数うる如し…決して叶わないことの例え)
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「強くヒステリックに」 
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・・・猫みたいだな・・・



彼のことを見るたびに、俺はそう思う。


受付から遠ざかっていくうっそりと丸められた背中に、木の葉の赤い渦巻きがふらふらと揺れる。
やる気の無さそうな半眼。日中見かける彼の目には厚みのある白い瞼がぽて、と被さり、 いつでもこの上なく眠そう。
まるで、日当たりの良い場所で欠伸してる、猫みたいだ。
実際、その隠された口布の下では、常に大口を開けて欠伸しているのではないか、と、俺はいつも気になってしまう。
・・・ひょっとしたら、猫みたいな髭が生えてたりしてな。
そう思って俺は独り、報告書を処理しながら小さく笑いを漏らす。
あと、のらりくらりと掴み所のないところも、それらしい。
マイペースで、楽天家。
切れ者の癖に、『いつも遅刻ばっかすんだって!だらしないんだってば!!』と、あのナルトをして憤慨させていた。


そういう彼の 馬鹿話を聞くのが、俺は好きだ。



そして、そういう彼を、俺は、なぜだか酷く気に入っているのだ。




もし彼が猫なら、きっと銀繻子のきれいな猫だろう。
紅と碧の瞳で、何もかも悟りきったような顔をして
とんでもないお金持ちの美女の膝に、のたりと横たわっているような。

・・・あぁ、でも 変わり者のあの人のことだから、案外、美女になんか見向きもしないかも。
そう、お仕えの侍女なんかになぜか懐いたりしてな。

ふふ。 カカシさんらしい。


・・・そんなことをぼんやり考えていると、なんだか本当に彼が猫に見えてきた。

だもんで、ついつい、忘年会の飲み会の席で、彼のふさふさの毛並みをぽんぽん、と撫ぜてしまったのだ。



――――――彼は、本当に驚いた顔をしていた。



当たり前だろう。
言葉を交わしたことはあっても、所詮受付でしか顔を合わさないような中忍に、
いきなり頭を撫ぜられたのだから。


翌日、酔いがすっかり引いて、昨夜のことを思い返し 血の気まで引いた俺は、
7班任務中の彼の元にすっ飛んで行き、必死の思いで頭を下げた。

――――ところが、木の下で木漏れ日を受けて ゆったりと寛ぐ彼は、その瞳を糸のように細めて微笑んだ。
そして、


「いえいえ。気持ちよかったですよ」


と。
言った。




きもち・・・よかった?

―――――撫でられたのが??




俺は思わず、吹き出してしまった。
あぁ、やっぱりこの人猫だ。猫。
掴み所がなくて、気紛れで。
俺が笑うのを見て、その大きな猫は一瞬目を大きく見開くと
照れくさそうに ぽりぽり、と頬を掻いた。

彼の銀色の毛並みが、陽だまりの風にふわりと揺れた。




そんなこともあって、俺達は、結構親しくなった。
幾度となく連れ立って呑みに行くようになり、立ち入った深い話もするようになった。
カカシさんは、7班の様子など俺の欲しい情報をたくさん教えてくれる。
かと思えば、いつの間にか夢中になって熱弁を振るっていた俺の拙い話に、にこにこしながらじっと耳を傾けてくれている。

まるで気の合う猫が、膝の近くで丸まってくれているみたいに。

カカシさんと一緒にいると、なぜか酷く安らいだ、穏やかな気分になった。


猫は、好きだ。
他人には干渉しません、みたいな顔をしている癖に、気紛れに寄り添ってくれるあの優しさがいい。
まるで家族みたいに、何の気兼ねもなく、安心して傍にいられるのがいい。
まるでじいさんばあさんみたいに、何にでも気長に構えているところも好きだ。
じじくさいところのある俺と、気が合うと思う。



・・・カカシさんと俺って、気が合うのかな。




そんな折、ひょんなことから俺の家で酒を飲むことになった。
勿論二人で。

カカシさんが持ってきてくれた上等の酒の所為もあり、二人共に杯が進んで、俺は久方振りに思う存分酔っ払った。
俺は火照る頬をちゃぶ台に押し付ける。冷たい木の感触が熱い頬に気持ちいい。
そのまま酒を呷ろうとすると、案の定 零れた酒がぽたぽたと頬を濡らした。
「あぁもう!零れてますよ!・・・イルカセンセ、意外にこんなとこでだらしないんですから」

慌ててタオルで俺の頬を拭いにかかる彼を、いい気分で見詰める。
・・・そういえば、この人上忍だっけ。本当なら、もっと気兼ねしなきゃいけない相手なんだけどなぁ・・・
けど、なんだかカカシさんは違うんだ。何ていうか、一緒にいてすごく心安らぐひと。

くっくと喉で笑って、俺は彼の手首を掴んだ。色白いなぁカカシさん。

「カカシさんはァ・・・ねこ、っぽいですよね〜」
「はぁ・・・猫ですか?」
突然の言葉に、彼は困ったように小首を傾げた。
「実は割とよく言われるんですよね・・・オレ。イルカセンセはどうしてそう思われたんです?」
本気で不安げな顔で尋ねてくる彼がなんだか可愛くて、俺はまたへらへらと笑った。

「ちょっとイルカセンセ、何なんですか?」
詰め寄ってくる彼があまり酔っていないように見え、俺はむう、と口を尖らせる。
「カカシさん― ぜんぜん酔ってませんねェ!??ねこのくせに、ウワバミなのかぁー!!!」
酒瓶を彼に押し付けて、もっと呑め呑めと迫る。
好き勝手騒ぐ俺に、もう、イルカセンセ この酔っ払いめ、と呆れた声が降ってきた。

俺は へへ、と笑みを零した。・・・ああもう、気持ちがいい。
ほら、俺の顔を困った猫が、じっと覗き込んでる。
狭いちゃぶ台の下で触れ合った太腿に、伝わる熱い体温。
あれ、この人って低血圧そうな顔してるのに、案外体温高いんだな。

ほんと、猫みたいだ。

ちゃぶ台に突っ伏した俺は、顔だけ彼の方に向けて、にしし と笑った。
そのまま、手を伸ばして彼の髪を撫でる。ふさふさして意外にコシのある、銀色の毛並み。
――――あぁ、きれいな猫が、ここにいる。
美女になんて見向きもしないで、俺んとこに来てくれたんだ。嬉しいなぁ。
「もう、何言ってんですか」、と優しい彼の声が子守唄のように響く。
ふわり、と意識の向こうで彼の声が遠くなる。


手の中に柔らかい手触りを感じながら、俺は幸せな気分のままゆっくりと重い目蓋を下ろした。



ああ、落ち着く。




ほんと、猫みたいな人だ カカシさんは。




*****




猫、らしいんだよね、オレは。



なぜだか、わりとオレは、人に『猫』と形容されることが多い。


上忍連中に始まって、町の知り合いや昔付き合ってた女や・・・そうだ、ナルトにも言われたこと、あるな。
とにかく、みんな口を揃えてオレを『猫』にしたがる。

この前、任務を受けた依頼者のばあさんなんか、オレの顔見て吹き出すなり
『そうそう!あんた、どっかで見たことあると思ったら うちのタマに似てるんだわ』
ときたもんだ。


・・・そんなに似てるかぁ?

道端の猫に「なぁ」と問い掛けると、予想外に甘えた声で擦り寄ってこられてびっくりした。
お前も公認かよ。




でもなぁ、あんまりいい気はしないよね。
猫みたいっていうのは、アレだろ。「毎日ぐうたら昼寝ばっかりして」「気分屋で」「胡散臭い」
・・・っていう。


・・・ま、間違っちゃいないか。
は〜・・・溜息でるねぇ。



そんなこんなでわりと悩んでいた時だったので、酒の席でナルトの元担任・イルカ先生にいきなり頭を撫でられた時は、本当にびっくりした。
うわ、この人こんなことする人だったのか・・・
いつも受付で他愛ない会話を交わすときには、やたら誠実で真面目そうなイメージだったのに。
しかも、なんだか小動物をあやす時の仕草で、優しい目でじっとこっちを見ながら、ぽふぽふと頭を叩いてくる。
・・・やっぱり猫扱いか?オレ。
ほわんと朱に染まったイルカ先生の濡れた様な黒い瞳が、柔らかな笑みをたたえてオレを見てる。

―――――あぁ、やっぱり。
笑顔のまぶしい人だとは思ってたけど、こんな艶のある笑い方もするんだね〜・・・
ちょっと乱れた髪が、先生の顔に纏わってて、何だか凄く色っぽい。
・・・うわ、なんかドキドキする。
イルカセンセイはオレの髪が気に入ったのか、何度も何度も頭を撫でてきた。

―――――けど、イルカ先生にそうされるのは、なぜか全然イヤじゃなかった。
むしろ、嬉しい。
オレの中の猫が、もっと撫でてくれ、と甘えた声でイルカセンセに擦り寄ってる。
オレは、勝手に赤くなる頬を持て余しながら、そんなイルカ先生から目が離せなくなった。



飲み会の次の日、真っ青になったイルカセンセイが、7班の監督しながら寝そべってるオレの所へ、文字通りすっ飛んできた。
必死になって謝る律儀な姿が、昨日の酔っ払ってたイルカ先生とあまりにもギャップがありすぎて
おかしくて。
だからオレは正直に「気持ちよかったですよ」と伝えたのに。

イルカセンセイは、その言葉を聞くなりいきなり吹き出したもんだから、オレは面食らってしまった。
その様子が、あの依頼者のばあさんと瓜二つだったことにも驚いた。
あ〜、こりゃ、やっぱオレ 猫に似てると思われてんのかね。

・・・でも、ま、なんだか悪い気しないし、いいかな。



なんだかこの人には、懐きたい気分かも。





そっから先、オレ達は随分仲良くなった。
元々イルカセンセには興味があったので、これを機会に、と何度か呑みに誘ってみると、
意外なことに彼はいつも二つ返事で承諾してくれた。
オレはイルカセンセといられることが嬉しくて、理由を見つけてはセンセを引っ張り出した。
酒が入って饒舌になったイルカセンセは、またいつもと違っていい。
少し砕けた様子の彼は、普段より親密にオレに話し掛けてくれる。
教師なだけあって話のネタは豊富で、オレは楽しそうなイルカセンセイの話を聞くのがとても好きだった。

・・・けど、ひとつ残念なことがあるとすれば。

イルカセンセイは、滅多に外では酒を過すことがない。
酔いはするが、あんまりハメを外すことがないのだ。そう、あの飲み会の席でのように。
それがオレには残念だった。

あ〜、もう一回、あの色っぽいイルカセンセが見たい。
そして、もう一度撫でてもらいたいね。



そんなある日、オレはひょんなことから珍しい酒を手に入れた。
それを先生に勧めてみると、「じゃあ、今夜は俺んちで呑みましょうか?」ということになった。
いい酒が飲めることにイルカセンセは上機嫌だ。『頑張って酒に合う肴作りますよ、俺』なんて息巻いている。


ふ〜ん。でも、いいのかなあ。イルカセンセ。
オレのこと アナタはすっかり猫だと思ってるけど。



けどね、忘れてない?
ライオンや虎だって、猫の仲間なんですよ。




思った通りというか何というか、やっぱり家で呑むと安心するのか、ぐでんぐでんに酔っ払ったイルカセンセイは、やたらとオレに絡んできた。あの最初の「飲み会」のときのイルカセンセイだ。
しかも、『ホラ、にゃ〜ん』・・・とか言いながら、何かにつけオレを構おうとする。
・・・やっぱり猫扱いされてるな、オレ・・・

けど、いいや。
オレの中の猫が甘えた声で鳴いてる。もっと構って構ってセンセ、と。

酔いが回ってちゃぶ台に突っ伏したイルカセンセイは、オレの方を見てふ、と微笑むと、
そっと手を伸ばしてオレの頭を撫でた。
ゆっくりと、優しい手つきで髪を梳く。 あぁ、気持ちいい。喉鳴らしたい気分。

イルカセンセイの酒精がまわって潤んだ目が、じっとこっち見てる。
酒の混じった熱い吐息が、赤い唇からはぁ、と吐かれた。

・・・オレの心臓が高鳴る。やっぱ凄い色っぽい、この人・・・

やばいな。やばいよ。


「――――俺・・・カカシ先生といるとなんかすごく、安心、し・・・ま・・・」
とろんとした目で暫く手触りを確かめるようにオレの髪に手を埋めていた先生から、ふうっと力が抜けた。


あ、寝ちゃったんだ。


力を失った先生の手が、オレの髪からずる、と離れる。熱い指が、通りすがりざま オレの頬を撫でた。
すうすうと穏やかな寝息を立てるイルカ先生。
乱れた髪の纏わりつく彼のうなじから、ふっと夜気の匂いが漂った。


腹で飼う獣が、ぐ とオレの胸に爪を立てた。
耳の奥で激しく暴れるヤツの鳴き声を聞く。


あぁ・・・やばい、イルカセンセ。限界。
―――――したいかも。


乾いた唇をぺろ、と舐める。


ごめんね、イルカセンセ。




オレの中の猫が、白い牙を剥いた。








「騒ぐ僕の猫」

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アカデミーの大時計が、ごぉんごぉん、と二度 低い鐘の音を響かせた。


任務を依頼する者と任務完了の報告にくる者、両者でごった返すこの時間の受付所は、
まさに戦場といった言葉が相応しく。
ぼんやり並んでいるこちら側は良いが、たった数人でこの人数を処理せねばならない長机の向こう側は、恐らく息つく暇もない筈だ。

オレは、いつもながら思わず溜息の出そうな、その騒然とした光景をぼんやりと眺める。
報告書を弄びながら、任務報告に来た他の忍び達にのろのろと混じる。

・・・けれど 唯一晒した右目は、真っ直ぐ机の向こう、一点を凝視して。
そこから延びる、他よりも少し「長い」列に、迷う事無く歩を進める。


もちろん普段は絶対、そんな面倒なことはしないのだけれど。





「はい、結構ですよ。お疲れ様でした。」




目線の先から聞こえる、芯の通った 明るい声。
列になった人達の陰から時折垣間見える、忙しなく揺れる黒い尻尾。
人懐こい笑顔を絶やさず、てきぱきと着実に人を捌いてゆく。
しかも、一人一人に柔らかな労いの言葉をかけることを忘れずに。


『彼に笑ってもらえると、帰って来た、という気がする』と語った忍もいた。
彼に労わりの言葉をかけて貰いたいが為に、毎回彼のシフト時間に報告書を出しに来る者もいるという。
彼は、受付所の人気者だ。

現在の教え子たちの元教師、うみのイルカ先生。



ほっこりと暖かくなる温度を持った人だ、と、オレは覆面の下で思わず笑ってしまう。
・・・忍びらしくないねぇ、この人。
だからこそ、この人に報告書を見て貰いたくなるのかもしれない。
勿論、彼と言葉を交わすのが、わざわざ長い列に並ぶ一番の目的ではあるのだけれど。


オレはどうやら、教え子から毎日の様に聞かされる この忍びらしくない先生に、随分興味を抱いているようなのだ。





また一人、イルカ先生の温かな笑顔に見送られて、列から離れて行った。
列に並んでいるのは、後 ざっと十人ほどか。








――――そう、例えば
今のオレ達の距離をこのくらいとして。





オレは、彼との距離をどんどん詰めてゆく様を想像する。






今は只の、教え子を介して知り合った「顔見知り」。
けれど、たまに一緒に飲みに行くようになったりして、それがだんだん頻繁になって。
ちょっと深い相談事や、悩みなんかも 語ってくれるようになっちゃったり。
あの笑顔を、頻繁に向けてくれるようになって。
ふざけ合えるような仲になって。お互いの家に呼び合うことなんかもあるようになって。
気が付かないうちに、いつの間にか唇を重ねあって。
彼の硬い身体に手を這わせて、腕の中でなかせて・・・









あれ。


想像がセクシャルな部分にまで及んでいたことにオレは苦笑した。

男はあんまり得意じゃないんだけど。けれど、彼には何だかやたらと惹き付けられる部分が多い。
有体に言えば、「してみたい」のかも。
すぐ前に、イルカセンセイの結い髪が見えた。誰かの報告書に注がれる、漆黒の目。
こうして見ると意外に長さのある睫毛が、瞳に薄く影を落としている。こんな時でもきっちり結ばれたままの厚みある唇。
彼を象徴するかのような す、と伸ばされたきれいな首筋。
その首にすうっと指を這わせて。きれいに締まった彼の頤や瞳、唇なんかを辿って・・・





「あ、カカシ先生、お疲れ様でした」

にこり、と満面の笑みを向けられた。
ずっと下を向いていたせいか、彼の鼻を一文字に横切る傷がちょっと赤く染まってる。

「ど〜も」

イルカセンセの節の目立つ、けれども器用そうな手がオレの報告書に伸ばされる。
報告書の端から手を離さずに、オレは言う。



「ね、イルカ先生。この後、呑みに行きませんか?」








思惑通り、少しずつ彼との距離は縮まって
毎日出来るだけ話す機会を持つ様にしたり、酒に誘ってみたりした努力が功を奏したのか、
一月も経った頃には、オレとイルカセンセイは週に三度は共に夕食を共にするような仲にまでなった。


今では、酒を酌み交わしながら、彼の笑顔を独り占めすることだって出来る。
最初はオレが上忍ということで緊張していた彼も、オレの好意に気付いてくれたのか、最近では仕事の愚痴や相談事まで持ちかけてくれるのだ。


好奇心から始まった身勝手な片思いだったが、彼とこれだけ同じ時間を共有することによって、それは何やら確信めいた感情へと変化しつつあった。

後はもう一押し。目の前に引かれた細い一線をちょっと飛び越えるだけでいい。
そうすれば、彼に思う様触れることが出来る。


そんな不埒な想像を巡らせていた矢先。





たまたま呑みに入った店で強い酒にあたり、イルカセンセイが見事に酔い潰れてしまった。


初めて見る、無防備な彼の寝顔を、オレは食い入るように見詰める。
普段のきりりと強い印象が消え、あどけない子供の様な、本当に安心しきった横顔。
ちょっと意外なほどに長い睫毛が、赤味がかった店の電灯の下で 彼の良く焼けた頬に影を落とした。





本当は、勢いに任せて襲ってやろうと思ってたんだよね。


けど、出来なかった。



オレの心臓は大きくひとつ跳ねたきり、凪いだ海の様に静かになった。
熱く火照り暴れ出しそうだった体が、指先から鎮まりかえってゆくのが判る。
イルカセンセイの寝顔。オレはその光景に暫く動けなくなった。

――――隣で眠るイルカセンセイが、あまりに穏やかすぎて。


触れることも出来なかった。
それは、信じられないほどの暖かな光に満ちた光景で
オレの手では、冒してはならないものだったから。
それは、オレの手が触れてしまったら、すぐに壊れてしまいそうな危うさで。 

彼の形をとってそこに存在していたのは、とうの昔にオレが無くした、人としての「ぬくもり」だった。





世界が違うのだ、と
強くそう思った。











その日から、イルカ先生を酒に誘うのをやめた。
毎日のように彼を訪ねることもしなくなった。
すれ違っても、目を合わせずに挨拶をするようにした。
そして、受付所で、彼の列に並ぶのをやめた。



彼との距離が、大きくなった。
オレと彼の間には、人が十人では足りないくらい、大きな隔たりができた。





イルカセンセイがオレのことを心配そうに見ているのは知っていた。
知ってる。彼は、自分が何かしただろうか、と 心配になっているのだ。
違うんだ、違うんです、と言いたい気持ちに鉤を掛けて胸の底へと沈める。

――――今ならまだ間に合う。
お互い、顔見知りの状態に戻れれば、それでいい。

アナタはオレが触れていいような人ではないんです。
オレが汚して良い様な人ではない。
存在する世界も、足を踏み入れようとする世界も。何もかも、オレとは違うんです。

アナタは今まで通り、陽の当たる場所で微笑み続け、オレはたまにアナタの笑顔を見られるだけで、満足すれば
それでいいんだ。






「あ、あの!カカシ先生!!」

意を決した顔で 頬に緊張を走らせながら、イルカ先生が任務帰りのオレを呼び止める。
オレはのろのろとした動作で振り向く。至極面倒臭そうに。

彼と顔を合わせたくなかった
イルカ先生が息を呑む。逡巡の後、つかえながら、漸く言葉を発する。

「今夜・・・その、お暇だったら、一緒に晩飯でも・・・」






「あ〜、スイマセン イルカ先生。・・・申し訳ないんですけど、もう」

やめにしましょ。そういうの。


鉄壁の笑顔で彼に微笑みかける。
目は、合わせない。
こういうとき、覆面に感謝する。きっとオレは今、巧く笑えてはいないだろうから。
口の端が僅かに引き攣れるのを感じる。
訳もなく、笑みを作った目が痛んだ。
喉の奥が、苦い・・・



彼が蒼白になるのが空気で判った。


身勝手な自分ごと覆面で隠し、「じゃ」と平静を装ってその場から姿を消す。
彼を、これ以上見ていられなかった。
辛くて、彼を諦めきれていない自分がいて。オレは、イルカ先生から逃げた。








逃げた筈だった。


「カカっ・・・カカシ先生!!!」


振り切った筈なのに。
アカデミーの門からまさに踏み出そうとした足を止め、顧みた先には 
息を切らして立ち尽くす、イルカ先生が いた。

夕日に染まって暖かな色。黒い、一つ括りの髪が、彼が肩で息をする度ふわふわと揺れる。
涙を滲ませて 全力で追って来たらしい彼は、本当に暖かく、きれいで。

オレと彼の間には、丁度 混んでいる受付で彼を垣間見ていた時と同じ距離。
おそらく十人分程の間を置いて


陽だまりの人が、そこにいた。



「待ってください・・・!!俺、俺 あなたに何かしたでしょうか!?
折角親しくなれたのに、いきなりこんな・・・こんな終わり方では、納得がいきません!!」

彼が一歩近付く。咄嗟に、オレは後ずさった。これ以上、彼との距離を詰めるわけにはいかない。
イルカ先生が酷く傷ついた顔をした


「だめ。イルカセンセイ」
オレ、諦めきれなくなっちゃうから。


小さく漏らしたその言葉に、イルカ先生は泣きそうな顔を向けた。

「どういう・・・どういう、ことなんです!?
俺、おこがましいかもしれませんが、あなたが今更階級なんかで俺を差別して切り捨てたようには、
到底思えないんです!
立場の違いなんか気にもしないで、あなたは俺を一人の人として見てくれていた。
俺はそれが、本当に嬉しくて、 あなたのことを深く知って行く内に、どんどんあなたに惹かれて・・・っ」

は、と言葉を呑んだイルカセンセイの頬が、見る間に赤く染まった。
しかしすぐ腹を括ったのか唇をきゅっと噛み、吹っ切れたようにイルカセンセイは一気に言葉を紡いだ。

「俺は・・・っ、あなたに惹かれていました。人として、忍として。
今でもそうです。俺はあなたと離れたくない・・・!
独り善がりかもしれませんが、俺、あなたと友達になれたと思っていました。
そうですよね?確かに俺達は友達でしたよね?・・・それが・・・どうして・・・」

まるで、止められない流れのように彼の唇から零れる言葉を、オレは信じられない思いでぼんやりと聞いていた。



やばい、泣きそうだ。
夕日が目に染みて、痛い。



「・・・だめですよ、センセ・・・」
オレは、アナタの思っている様な人間じゃない。
「アナタとオレは、何もかもが違いすぎる・・・汚れたオレとは何もかも。世界が違うんです。
オレとアナタは、互いに相容れないものなんだ。」


ほら、オレとアナタの間には、
こんなにも、距離が。





夕日が沈む。
彼を照らす、夕日が闇に取って代わられようとしているのが哀しかった。
それ以上近付いたら、オレの手でアナタを染めてしまうことになる。

オレはそれが、怖い・・・



「それ以上近寄らないで、お願いだから。」

アナタはいつまでも、陽の当たる場所で微笑んでいるイルカ先生でいてください。
アナタは、そのまま、陽だまりの人でいてください・・・





「やめてください!!カカシさん!

突然の強い語調に、思わず弾かれたように顔を上げる。
彼の、握り締めた拳が、ぎゅっと結ばれた唇が、小刻みに震えていた。

「・・・馬鹿にするな・・・!!!」

え、とオレは瞠目する。こんなに感情を垂れ流す彼を見るのは初めてのことで。
――――イルカ先生の目が、怒っていた。

「知ってますか、カカシさん。こんな距離、アカデミーでは2秒以内に走り抜けなきゃ、俺の試験は落第なんです!!」
「・・・は、ぁ・・・?」
「卒業生で、1秒。俺にとってはこんな距離、瞬く間だ!!
・・・俺達に、こんな距離なんか・・・!!」

姿が掻き消えたと思った次の瞬間、至近距離に現れたイルカ先生の漆黒の瞳が 間近でオレの顔を覗き込んでいた。
オレの胸倉を掴んで、絞り出すような声で、彼は叫んだ。

「こんな距離、なんだと言うんです・・・!!!」




真っ黒な目は、酷く濡れていた。
オレを真っ直ぐ見詰める黒い瞳の中に、燃える灯火が見える。




あぁ


「・・・ごめんなさい 
イルカ先生・・・ ・・・ごめん・・・」



オレは子供みたいに小さく項垂れて、震えるイルカ先生の手にそっと手を重ねた。
彼の手は、とても温かかった。



あぁ、あぁ
馬鹿なオレ。
オレは侮っていた。この人を。
オレなんかが触れたくらいで、この人の暖かな灯が消せるものか。



イルカセンセイの漆黒の目に映っているオレの姿が、
先生と同じ様に夕日に温かく染まっていたのが、嬉しかった。




「俺を一人の人間として、あなたに関わらせてください・・・」
小さく紡がれたイルカ先生の言葉。
立場、階級、性別や生きる場所の違い
イルカ先生が一瞬で詰めてくれた、くだらない思い。


今オレ達の間には 人ひとり分の距離もない。








「十ヤード離れたまま声をかけた」 (※1ヤード=0.9144メートル)
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「ロマンチックストーブ」 
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「ハリボテの中に素敵をさがす」 
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