真っ白なカンバスに、すとん と一本線を引く。

白い海原に、補助線はたったそれだけ。

 

周囲の空気が、息を詰めた。

布地の柔らかな凹凸を埋めてしまうように、左腕に乗った色彩を筆に取り、オレは迷うことなく白い世界へと踏み込んでゆく。大振りな刷毛から繊細な動物の毛で出来た細筆まで、オレの右手は淀みなくスツールから掴み出し、一本の線から成る先の見えない海原へと世界を描き出す。
陶器の小皿から油を足して、固い顔料にまろみをつける。目は白い海を睨み付けたまま。
直に腕に色を塗って色調を見る。左腕がだんだら模様に染まっていく。
身を乗り出すと、椅子が軋んで ピンで留めた長めの前髪が顔に落ちかかってきた。それを腕で拭い上げる。
きっと頬に絵具がついた。揺れる空気に混じる 油っぽい顔料の匂い。

無意識に投げ出した足に隣のヤツのデカンターがあたって、倒れる音。それでも身動ぎすることなく、息を詰めてオレのカンバスを見詰める幾つもの視線を 意識の隅で感じる。

静まり返る教室。

無数の視線も、教室の大きな窓から入るベールのような光も、埃っぽい部屋の其処此処に置かれるデッサン用の石膏像も、オレの目の端で焦点を結ばないまま風景の一部と成り、カンバスの中へと溶け込んでゆく。

オレの筆の音しか聞こえない教室に デカンターから流れ出す水の音が、まるで潮騒のようで。

 

でも、オレの探している色は まだ見つからない。

 

 

 

Born To Be Blue

 

 

 

面倒臭かった。何もかもが。

大して中身の入っていないカバンの位置を直すことも、数ヵ月後に控えたなんたらとかいうコンクール用のテーマを考えることも。

クロッキー用のコンテを削り直すことも、ポケットに突っ込んだ右手を引っ張り出すことだって。

周りの変な期待感もうざったかったし、やけに晴れ渡った青空もオレのやる気を削ぐには充分だった。

照り付ける太陽に、新芽の緑がたわむ。5月の早朝。

オレの大学はここから都心へと向かう電車に乗って8駅目。当然、朝のこの時間は勤勉なサラリーマン達の押し合いへしあいする、あの塊の中に飛び込まなくてはならないわけで。


(・・・こうまでして生きてる意味なんて、あんのかねぇ)


日課のような自問自答を今日も繰り返し、ハァ、と一つ溜息。オーディオプレイヤーの音量を2つ3つ上げると、耳に引っ掛けた銀色の機械から広がる音で世界は閉ざされる。

いつも通り、駅の改札を通ってだるい体を持て余しながら、ホームへ続く目の前の階段と、頭の上にぽっかり開けた空間をぼんやりと見上げた。
引っ切り無しにオレを追い抜いてゆく人波。
人の肌や汗や香水や煙草や。そういうものが周りを渦巻いて頭の上へと吸い込まれてゆく。

その先に列車を待つ人々の脚が、立ち枯れの木立ちの様に何本も林立していた。
目の前を足早に行き過ぎる、無数のコンパス。もっと色味があっても良さそうなものなのに、そこには背広のダークグレイの深淵が広がるだけだった。



――――ダークグレイ、濃灰色。灰と言うよりは、無限に黒に近い。

・・・それは、オレが入学して一年目の秋、お堅い長ったらしい名前のコンクールで賞を取ったときに カンバスへとぶちまけていた色だ。

 

―――――馬鹿みたいだと思った。あんな絵で賞が取れるなんて。

あの時はただ、「絵を描く」というよりは「色を探している」といった感じだった。
名前を付けられ、巷に氾濫して、画材店で箱に押し込められ売られているような、そういう「色」じゃなくて。その色と色の隙間の「色」。もっと自由で名前になんか縛られない。
ひかりの一瞬の煌き、心に浮かんですぐ行過ぎる郷愁の陰や。音なら、例えば限りなく
Gに近いFシャープの上澄み・・・のような。



そういう思いが溢れて、カンバスに染みを作った。

その染みはどんどん大きくなって、上から何度も違う色を塗りたくられ、あるいは削られてまた塗り重ねられ・・・

 

・・そうした無限の繰り返しが生成りの布地の上に生み出したものは、限りない迷いと混沌だった。





左上隅に僅かに残された薄い色の空間を、「暗黒の世界に一筋差し込む希望の光だ」なんて形容した教師も居たが、オレがその絵に対して意図したところがあったとすれば それはそんな所ではなく、只々「色」を渇望してそれに届かなかった、無様なカンバス全体にあった。

絵なんて一概にはそんなものかもしれない。見る者が各々自分の好きなように解釈し、自分の感性に嵌め込み、そうして偶然、お偉いさん方の感性の枠に当てはまった時に“賞”というものが与えられる。

オレが仮にも美大の学生であるのに、凡そそういった方面に対して淡白なのは、各々が描く世界を「競い合う」ことに対して 何ら意味を見出せないからだろう。そんなオレを「変人」だとか「天才」だとかいう枠に押し込めて見ようとするクラスメイトや教師に対しても、だからオレは何ら意味を見出すことができずに居た。

元々、色素の薄い肌や髪に加えて、左目には大きな傷跡。

その傷を残した事故の後遺症で 左側は靄をかけたようにしか見えない。

オレの左半分には、全く色が存在しなかった。どんなカラフルな風景でさえも、オレの左側に入った途端にモノクロームの世界へと変わる。色が削げ落ちて輪郭だけを露にされたそれらは、まるで化けの皮を剥がれたみたいに途端に下らないものになって、オレの左側で卑小に蹲るのだった。

そんな風貌も手伝って、オレは入学以来、学校では一躍浮いた存在になっていた。

ただ、その絵を描いていた時の どうしようもない憤りや焦りや、悔し涙が出そうなくらいの迷いや―――そういったものは、審査会中枢の、いわゆる「お偉いさん方」に伝わったらしく

“飛躍に向けて可能性を内包する灰”などという高尚なコメントが付けられ、オレの絵はらしくもなく、その美大学生なら皆が狙うような大きな賞を受けたのだった。

当然、次年の同賞に向けて、学校側の期待が高まるのは仕方ないことかもしれなかったが、所詮共有することなどできない自分の中の世界を評価されランク付けされ、なおかつそんなあやふやな賞のために絵を描く・・・ということがオレには全く意味不明だった。

絵なんて、描きたいものがあるから描くのだ。

そういう衝動なしで線を連ねることに、一体どれほどの意味があるというのだろう。

学校へ行けば、教師という教師が 躊躇いがちに、そのくせ決定事項を伝えるような口ぶりで『テーマは決まったのか?』と問う。生徒はイーゼル越しにオレを遠巻きに見ながら、あることないこと想像して小さな声で噂する。授業で描かされた作品とも呼べないような駄作は、例えどんなにヤル気のないものであろうと、段上に引き上げられて見当違いに褒めそやかされる。

 

そんな毎日を繰り返す意義は?意味は?

 

 

 

・・・そう思った途端、いきなりオレの足は動かなくなってしまった。ある日、グレイの塊に続く、ホームへの階段を昇りきった所でのことだ。


正直、いつ死んでもいいと思っていた。オレには親戚もいないから 後々迷惑をかけることはないし、身辺整理だってできている。
何時でもオレの脚は、ホームの白線を飛び越える準備ができていた。


ただ、叶うならば こんなダークグレイにまみれた場所で死にたくはなかった。そう、できるなら、もっと色彩に溢れたところがいい。



背中から、まだ低めの太陽がゆったりと照りつけている。じわじわとオレンジのジップアップの背を焦がしてゆくそれ。

プレイヤーのヘッドホンから、柔らかいアップテンポの歌声が雑踏の喧騒混じりに聞こえる。

 

we must find a truth , we must find a truth・・・”

 

 

暫く茫洋とその場に立ち尽くしたあと、オレは太陽に促されるようにふらりと階段を下りた。

後は、太陽に後押しされるまま。対向車線のホームへと上がったオレは、背にぬるい温もりを感じながら、躊躇いなく逆の電車に乗り込んだ。

 


そうしてオレは初めて大学をサボった。がしゃんと鳴ったカバンの中の鉛筆に、何もかも忘れてやれ、と思った。

 

 

 

 





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