You may not say Yes.








――――ッ!?」


酷い頭痛で目が覚めた。咄嗟に跳ね起きた姿勢のまま、まだ薄暗い室内に血走った目を走らせる。
そこにまだ、血糊にまみれた生臭い戦場が広がっている気がして。

知らず知らずのうちに、足元で蟠っていた掛け布団に強く爪を立てていた。その布団の見慣れた柄を認めたとき、厚手のそれに絡む自分の蒼白な指を見たとき。
それが、全く血の気配を纏っていないのを見て、初めて息が吸えた。




何もない。

大丈夫、オレの部屋だ



心臓が空気を食んで、喉からせり出しそうだ。がらんとした自分の部屋中に響き渡るそれを必死で宥め、は、は、と喘ぐように酸素を求めながら引き攣る唇を戦慄かせる。固形物みたいになった空気が喉に詰まって、嚥下するのに苦労した。

どっと吹き出す汗。顎を伝って、まだ握り締めたままの手に雫が滴り落ちる。酷い疲労と安堵で張り詰めていた身体中が弛緩した。肩で息をしながら、ぬるくなったシーツに顔を伏せる。無意識に垂れ流しにしていた殺気を収めた所で、オレはぴくりと身を震わせた。




マズイ


・・吐く。





咄嗟に布団を跳ね上げ、冷たいフローリングの床を転がるように洗面台まで走る。軽く足が縺れるが、そんなこと構っていられない。手の甲で押さえた自分の唇はやたら凍えて震えていて、オレは気道を圧迫する異物感に耐え切れず、白い小さな台に縋りついた。
久しくなかった感覚に暫く苦しんだあと、惰性で流しっぱなしの水道水に頭を突っ込む。朝の濃く冷たい水が火照った顔を冷やし、オレはそこでやっと自分が泣いていた事に気が付いた。



顔を上げれば、嫌でも鏡に映る自分が目に入る。ずぶ濡れになって、水滴を滴らせる酷い顔。疲労が頬にべったりと刷かれている。目の下には見事なクマが出来、オレはそれに向かってちょっと眉を上げてみた。


洗面台に手を付いたまま、鼻先で小馬鹿にしたように笑う。



チクショウ

なんて・・なんて夢だよ









イルカ先生が死んでいた。


戦場で、いつものようにオレに笑って見せた彼は、その笑顔のままあっと言う間に刀で首を掻っ攫われた。

指の一本すら動かすことが出来なかった。


笑ったまま飛ばされた彼の首に、叫び散らして追い縋ったオレは、背後で倒れ伏す彼の身体に無数のクナイが突き刺さるのを見て絶叫した。

身も蓋もなく喚いて泣きじゃくって、バラバラになった彼の首と身体を掻き抱く。訳も解らず、無我夢中でその二つを繋ぎ合わせようと躍起になった。


自分の身体を染めてゆくのは、あれほど思い焦がれた彼の血液。

気がふれるかと思った。




気が・・・ふれるかと。






実際危うかったかもしれない。夢とは言え。

未だに悪夢の余韻に慄いて震える手を見詰め、オレははたと思い出す。







『自分の事を強く想っていてくれる人が、夢の中に出てくるんだそうですよ』


イルカ先生とそんな話をしていた。
実は、オレの夢の中には毎日のようにイルカ先生が出てきてくれるんですけど、そこんとこどうなんですか〜?と茶化してみると、呆れ顔で溜息をついた彼に、そう言えば俺の夢にもよくあんたが出てきますよカカシさん。と返された。

そりゃそうでしょうよ!オレほどアナタの事を愛してる人がいるもんですか!やっぱり夢の中のオレもハンサムですかねー?アナタをめろめろにさせるような、気持ちイ〜イ夢ですか?彼の答えにすっかり有頂天になったオレがそう訊ねると、憮然とした表情の彼は眉根に皺を寄せて言った。



「・・んなわけありますか。気分悪くて頭痛くて、息が詰まって悔し涙が出て寝覚めは最悪。起きたとたん猛烈な吐き気に襲われるし、訳もなくムカつくしで最っ低な夢ばっかですよあんたが出てくるのは」








・・・あの時はほんと随分な言われようだと思ったけれど。


そうか。ひょっとして、彼が見てたのってこういう夢?





「・・・な〜んだ」



失うのが怖くて、喪失に震えて。




だからなのかもしれない。

彼が、オレの告白に なかなか首を縦に振らないのも。



全く。



「オレのこと好きなくせにねぇ」

オレは鏡の中を覗き込みながら、唇を歪めてみた。




ユメノセイ。