かみさま




「―――その手を離してくれたら。
あなたのことを、心から愛すると、約束しますよ
最期のときまで、ずっと、あなただけを」


そう言って、イルカ先生が笑った。

しずかな雨が降っていた。頬を滑り落ちる雫が鼻先をつたい、震えるオレの体から ふ、と離れる。
イルカ先生に当たっただろうか。張り裂けそうに脈打つ鼓動が耳の奥で膨れ上がって、せんせいの声以外、何も、聞こえない。

きこえないんだ。


霞んで揺れる視界の中で、彼が笑った気がした。まるでいつも通り。
アカデミーでばったり出会ったときみたいに。

「ほら、早く離しなさい」

小さな笑いのさざなみをもって囁かれたその言葉に、オレは体中の血が沸騰するような感覚を覚える。
頭に血が上って、膨張する。浅い息と鼓動で身体が爆発しそうだ。
息が上がって、抑えられなくて、それでも今、オレが息を吸ってしまったら全てが終わるだろう、と思っていた。


それはなんて残酷な。

酷い、人だ。



胸が破れてしまうくらい、喚き散らした。断末魔の獣みたいに。
刀傷でぐずぐずの身体から、血が噴きだして、ささくれ立った大地を染める。
必死でしがみ付く尖った岩肌も、そして、何があっても離さないと誓った、固く握り込んだイルカ先生のてのひらも。
彼の体重を一手に引き受ける右腕が、木偶のように軋んだ。肩口が裂け、新しい血を吹く。
こちらを見上げるイルカ先生の顔に、転々と赤い花が咲いた。べとりと濡れるそれに瞬きもせず、彼は穏やかな顔で微笑している。
彼の手のひらは、とっくにオレを諦めていた。

「そんな顔するな、カカシさん。」

叫び散らして、流れる涙は遥か崖下の闇へと吸い込まれていった。
腹から吹き出す血も。


判ってる。助かる訳がない。


だけど、こんな、こんな・・・








「意気地なし」

そう言ってイルカ先生が笑う。
いつものように。まるで何もなかったみたいに。




オレは生まれて初めて、神の名を叫んだ。