人を殺めた、その同じ手で
捨てられた猫を抱く。
何だか、やけに耳に付く鳴き声が聞こえ、
オレは、雨の中 立ち止まった。
森の入り口近くの歩道の脇に、小さな箱が 雨に濡れてひしゃげているのが見える。
何となく覗き込むと、そこには濡れそぼって震える、一匹の黒い子猫。
何かの梱包されていた箱であろう、ところどころに花柄のプリントが見えるその箱に、飼い主によって文字が書かれていた。
“いい子ばかりです。どうかこの子達を貰ってやってください”
・・・あぁ、もしかしてアレ?
余っちゃったってやつ?
黒いから。黒は、不吉だから。
それじゃなきゃ、他の利口な兄弟たちは、みんな逃げ出してしまったか。
こんな所に幾ら居ても、何も事態は良くならない、ということに気付いて。
どちらにしろ、間抜けなお前は、きっとこの先 生きていくことなんてできないんだろうな。
任務明けでだるい身体を持て余し、何となくすぐに立ち去るのも面倒で、だたぼんやりとその箱を見ていると、
ふいに、その黒猫と目が合った。
真っ直ぐな目。濡れ鼠になった黒い毛皮の中で、そこだけが金色にきらり、とひかる。
黒い子猫はこちらを見上げたまま、目を逸らさなかった。
おいおい、だめだろ。
動物は、危険なものに対して もっと敏感に対処しなきゃ。
こんなんじゃ、この先、幾ら命があっても足りないよお前。
・・・ほんとに、なにじっと見てるんだか。
灰色の雨の中、その黒いカタマリは
一声「にぃあ」と鳴いた。
・・・変な声。
鳴き方も教えて貰えなかったのか、お前は。
何となく。
ただ、何となく、オレはそのカタマリに手を差し出した。
そのまま片手で掬い上げると、予想以上に軟らかい体が くたり、と手に纏わりつく。
少し離れた位置で、様子を窺っていた暗部の一人が、鼻で笑うのが聞こえた。
「・・・おいおい、どういうつもりだ、カカシよ。拾うのか。・・・何かの罪滅ぼしのつもりか?」
鼻先でせせら笑い、こちらを煽ってくる その年嵩の男をオレは無視した。
――――何言ってやがる。そんな訳があるか。
たったこれぽっちのことで、オレたちが犯し続けている罪が消えるものか。
それくらい、汚れている。
オレの体は、血で真っ黒だ。
真っ黒なんだよ。
あんたたちも、オレも。
抱き上げたそいつを、肩へと乗せる。
雨を吸ったそいつの体は、やけに重く、何となく片手では支えきれないような気がしたから。
掌に伝わる温もりは、この小さな生き物が「生きてる、まだ生きてる」と主張しているようだった。
「お前には無理だ。解ってるだろ、カカシ」
男が、また笑う。
・・・解ってるよ。それも解ってる。
オレがこいつを生かすことができるなんて、到底思えない。
けれど、ただ、何となく。
夢見が悪そうな気がしたから
だから、触れてみた。抱き上げてみた。
・・・それだけだ。
お前も、かわいそうだね。
こんな所で、戯れにオレなんかに抱き上げられて。
これからお前をどうしよう、って考えなんて、まるでないのに。ただ、オレの勝手で触れられて。
・・・かわいそうだね。
お前も、独りなのにな。
”いい子ばかりです”って、そんなら、捨てなきゃいいのに。
「・・・まぁ、せいぜい飽きるまで眺めてろよ」
――――なんだかんだ言っても、やっぱりガキだな。
年嵩の男がそう言って踵を返すのと同時に、他の暗部たちも すっとその姿を消した。
また、耳元で子猫が「にぃあ」と鳴いた。
ぎこちない指先で、その黒い毛皮を擽ってやる。
肩に重過ぎる温もりを感じながら、オレは雨の中、何となくぼんやりと立っていた。
里の方から、人の気配が近付いてくる。
「―――――あぁ、よかった・・・!!!まだいたか!!」
雨の中、傘もささずに駆けて来たのは、黒髪の少年だった。
一つに括った長い髪が、雨でぺたりと顔に纏わりついている。
はぁはぁと息を切らして、全力でここまで駆けて来たらしいそいつは、箱の中の黒猫を見つけると、相好を崩した。
がば、と箱の中に手を突っ込み、その猫を迷いなく抱き上げる。
「ごめんな、俺んち、人に借りてる家だからさ・・・でも、火影様、飼っても良いって言ってくれたんだ!喜べよ!」
良かったな!・・・と言って子猫を撫でるそいつの表情は、猫よりもお前の方が喜んでるだろう、って言ってやりたくなるような顔だった。
上気したずぶ濡れの顔に、鼻を横切る一文字の傷が見える。
・・・なんだ、子供かと思ったら、よく見たら同じ年くらいか?
笑顔があんまり幼く見えたので、分からなかった。
「・・・“いい子ばかりです”か・・・そう思うなら、捨てなきゃいいのにな」
ふ、と漏らされたそいつの一言に、オレは敏感に反応した。
・・・オレと同じこと言って。
・・・オレは、里のほうへ戻って行くそいつらを、身を隠した木の上からぼうっと見ていた。
そいつの腕の中、黒猫が小さく「にぃあ」と鳴いた。
・・・良かったな、お前。
オレじゃなくて、ほんとに良かったな。
――――なんだか、あいつなら大丈夫、そんな気がする。
何の根拠もないが。
ただ、何となく。凍えた体を温めてやるのは、あいつの手じゃないと、と思った。
オレは木に背中を凭せ掛け、ぼんやりと葉の隙間から見える雨を眺めた。
・・・あいつの手、あったかそうだったな・・・
数年後、オレはその手の温かさを、十分に享受することとなるのだが。
とりあえず、今日はよく眠れそうだ。
オレは、少し笑うと、とん、と森の中へと跳躍した。