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青い空気が、部屋の中を満たしている。
イルカは寝台の上に半身を起こし、一つ布団で眠る銀髪の男を見つめる。
充分に睡眠をとるという行為に慣れていなかった頃 男は、夜に何度も目を覚ました。
彼を目覚めさせるものに悪い夢が混じり始めたのは、付き合い始めてしばらく経ってからのことだ。
そして、今。男はまるで幼子のように、イルカの傍らでよく眠る。
男は眠ることを覚えた。疑いなくその身を預けることを覚えた。信頼することを覚えた。そして、自分の命へ執着し始めた。
男は強くなった。元々才能を持つものが自身の命に価値を見出したとき、そこには無限の力が生まれる。
―――強くなった。
イルカは思う。今の男からは、不安定な陰りが全く感じられない。まるで大きな船に寄り添っているようだと。
強くなった、カカシさんは。
そして思う。
今までは、男の不在に怯え、彼の死に怯えるのは自分の方だった。死に近い、難度の高い仕事をたびたび請け負わざるを得ない彼に、その背に纏いつく死の影に、彼を見送りながら胸を震わせるのは自分の方だったのに。
安定した彼の笑顔を見るようになり、どんなときも彼は絶対に帰ってくると確信できるようになってから。自分の乗っている船は、確実に脆くなり始めた。
彼を手に入れて、ここで死ぬわけにいかないと思うようになって。
命に執着する「持たざるもの」は弱くなる。
彼と自分のことは、恐らくそう遠くなく、周囲に感づかれるだろう。この国にも、外の国にも。
―――恐らく自分は 彼より先に死ぬだろう。
「ごめん、カカシさん」
男の眠りを妨げないように唇に言葉をのせ、そのまま柔らかな銀髪に口付けを落とす。洗い髪のうすい花の香りが そっと唇に触れた。
胸にこみ上げる不安を拭えず、彼の姿を少しでも目に焼き付けたくて。
横で男が寝ている。穏やかに、まるで何の心配事もないような顔をして。
彼の柔らかな寝息が、イルカの強張りをほどく。静まり返った部屋に広がる、彼の肌の匂い。細い息。
と、と、と と規則正しく刻まれる心臓の音。リズムの違う二つに、じっと研ぎ澄ました感覚の中で聞き入る。
男の寝顔を見て次第にイルカは思うようになる。どうぞこの、彼の心の凪が、何時までも続きますように。
いとしさを込めて、イルカは眠る彼に口付けを落とす。
きっと自分がいなくなって、強く心乱れるだろう未来の彼に向けて。
「ごめん、カカシさん・・」
自分がいなくなった後の彼のために、何万回もの口付けを 今。
いつしか、イルカの夜の目覚めは、静かなものになった。まるで呼吸するように、そっと瞼を開け、夜の虚空に瞳を凝らす。
僅かに身じろぎ、半身を持ち上げて男の寝顔に見入る。
そうしてまた、何万回目かの口付けを、イルカは眠るカカシに贈る。
今日も、空が僅かに白み始めていた。
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