雪や こんこん
あられや こんこん 
ふっても ふっても
まだ降り止まぬ



木々も、家も、学校も、大きな顔岩も・・・木の葉の里をすっぽりと覆ってしまう、真綿のような雪。

・・・けど、雪ってほんとは一体、どんないろ?












――――って言ったらあいつら!一体どうしたと思います?」


「え、え?なになに?どうしたんですか?」

間伐入れず、オレが身を乗り出して聞いてみると、「えぇ?もう降参?」と不満そうに口を尖らせられる。
片眉を上げて、呆れた顔を作りながら、でも、どこか嬉しそうに―――悪戯を隠した子供のような表情の彼が机の上にばら撒いたのは、アカデミーの生徒が描いたと思しき、色とりどりの絵たちだった。


「うっわ〜・・・」


いきなり踊り出たその派手な色に、オレは呆気にとられてしまった。

白はもちろん、赤、青、緑、黄色・・・果ては、金色や虹色なんてのもある。
一面に描かれたカラフルな色彩の中で、暖かそうなコートを着た子供やうさぎ、犬なんかの動物が楽しそうに走り回っている幼い図画たち。
天に向かって笑いながら手を伸ばす子供。家の上に積もるオレンジの雪や、水色の雪でできたかまくら。
ピンクの雪をアイスクリームのようにすくって食べている様子の絵も描いてある。

画用紙に描かれた、子供たちの自由な頭の中の雪景色は、まるで予想外の色をしていて。オレは小さな卓袱台の上を瞬く間に埋めてしまったその賑やかな世界に、思わず目をぱちくりさせた。


「すっごいですねぇ、こりゃ。あはは!オレ、羊羹みたいな雪なんて、初めて見ましたよ!」

「・・ね、驚きでしょう。まぁ、灰色や水色くらいは想像してたんですけど、まさかこうくるとはなぁ・・・」

肩をすくめ、溜息をつきながらも 優しい眼差しで幼い筆の辿った線をいとおしそうに撫でるイルカ先生。



こういうときのイルカ先生って、ほんとに先生の顔してるなぁ、と思う。
ちょっとの嫉妬と、彼の別の顔が見れたことへの、むずがゆい幸せ。



「ね、センセ。これって何の授業?」

「『遁』の。・・・ほら、空は青いのに夕焼けは赤かったり、水は透明なのに海は青かったり、するでしょう?
忍者の『遁』もそういう光の屈折を利用したりするから、それを身近な例を出してきて説明しようと、してですね・・・」

授業の内容を回想しながら視線をめぐらせている彼の表情には、次第に「先生」が張り付いてゆく。
でも、失敗したなぁ、といつものように鼻の頭を掻いた途端、彼はいつもの「イルカ」に戻った。


あ〜・・残念かも。
もうちょっと見てたいなぁ。



「は〜〜い、はいはい!!イルカセンセイ!!」

「・・・は?」

卓袱台越しに身を乗り出してアカデミー生のように手を上げてみると、呆れた彼の視線が降ってくる。

「も〜!ノリ悪いよセンセ。オレ、生徒になりますから、その授業聞かせてくださいよ」

えぇ?あなたに?と大仰に顔を顰める彼に、ちゃんと上官としてもチェックして差し上げますよ?、と言うと、しばらくの沈黙の後「・・・じゃあ、お願いします・・・」と腑に落ちなさそうな顔で返ってきた。









――――えっと、では。雪って何色だと思いますか?はたけカカシ君」

卓袱台の教卓越しに、一つ咳払いをしたイルカ「先生」が、オレに訊ねてくる。

「えぇと〜・・白だと思います〜」

「そう。雪は白ですね。じゃあカカシ君は夜に雪を見たことがありますか?」

「ありま〜す」

「そのとき、雪は何色でしたか?」

「・・・黒・・?」

「そうです。光のない真っ暗闇では、雪は黒く見えますね。
じゃあ、椿の花の下の雪。落ちた花びらのすぐ下の雪の色、カカシ君はみたことがありますか?」

「・・赤、でした」

「そう!よく見てるな。えらいえらい。そうなんだ、椿の花びらの下敷きになった雪は赤く見える。
黄色い長靴に薄く積もった雪は、黄色く見える。・・・じゃあ、カカシ君は 降ってくる雪を捕まえたことがありますか?」

「あります・・」

「手のひらで、雪は何色でしたか?」

「え・・と・・・  何色・・?  色なんかなかったけど・・・」

「そうそう!そのとおりだ!偉いぞ!」

と、イルカ先生の手のひらが、卓袱台越しにぐりぐりとオレの髪をかき回す。うっかり虚を突かれたオレは、迫ってくる暖かな手に何の心の準備もすることができず、思わず素の状態でそれを受けてしまった。

うわ〜やべ、なんかカッコいいよ、この人。顔赤くなっちゃう。



「そうなんだ。本当は、雪に色なんてないんだよな。・・・だけど、お日様の下で雪は白く見えるし、夜の雪は真っ黒だ。

不思議だと思いませんか?・・・ねぇ、カカシさん」


突然向けられた質問が、「オレ」に対してだったので、オレはまたもやはっとしてイルカ先生の顔を見る。
オレの赤い頬を見た彼はしたり顔でにやり、と笑うと、色とりどりの画用紙越しにこっちを覗き込んできた。




「あなたは、もし 雪が白じゃなかったとしたら・・・何色がよかった?」



「え・・・ オレ?」

「そう、あなた。・・・これは別に、授業とかじゃなくって。俺が個人的に興味あって聞いてるだけなんですけど」

言いながら、くっきりとした黒い瞳で、オレをじっと覗き込んでくる。普段でもオレは彼のこういう目に弱いのに、たった今まで生徒だったもんだから、なんだか余計にドキドキしてしまう。
あ〜・・イルカ先生、だ。

個人的に興味ある、だって。そんなことアナタに言われたら、生徒なんか一発でおちちゃうでしょ。
言ったら怒られそうなので、オレはちょっと緊張しながら、大人しく考えるフリをして子供たちの絵に視線を送る。


説明して貰わないと何だかわからないような拙い線の其処此処から、はしゃぎ声が滲んでくる。
思い思いの色で埋め尽くされた、幸せな子供たちの雪の世界。

「そうだなぁ・・・」

オレも彼のように、絵の上に指を滑らせる。何だかあったかい気がする。

「難しいなぁ」

本気で悩み始めたオレに少し笑ったイルカ先生は、一枚の絵を抜き出して、オレの前にそっと置く。



「・・・思いつかない?そうですね――――じゃあ、例えば雪が、みどり色だったら」


オレの前に差し出された絵には、一面の若草色。
晴れ渡った空に、真っ赤な太陽が輝いていて。
広い雪原の真ん中には、大きな きみどり色の雪だるまが一つ。



「緑か・・・」



みどり。若草色の雪。

それは、素敵かもしれない。

例えば、寝っころがったら、まるで芝生の上で寝てるみたいな気分になるだろうね。
冬なのに、いつでも萌える若葉が見られて。幸せかもしれない。


オレの答えに、イルカ先生は感心したように微笑む。



「そうですね・・・じゃあ、雪が、桃色だったら?」

イルカ先生が次に出してきたのは、ピンク色のかまくらの絵だ。
中ではクマや、キツネや、小さな女の子が身を寄せ合って、笑いながらこちらに手を振っている。


ももいろ。桜の花びらみたいな雪。

それもいいな。

雪が桃色だったら、毎日恋人たちは甘い気分になれそう。
ケンカなんかしててもすぐに仲直りできそうだしね。

アナタとのキスに漕ぎつけるのも、こんなに大変じゃなくなると思うし。




「もう ちょっと・・・何言ってんですか。変なこと考えないでくださいよ!」

むすっとした顔で、イルカ先生は目付き悪くこちらを睨みつけてくる。
けど、耳たぶが赤いもんだから、ちっとも怖くなんかないんだよセンセイ。

へへ、と笑うと、椅子の座布団が飛んできた。
イタイイタイ、と大袈裟に縮こまってみせると、彼はそれに少し溜飲を下げたのか、また椅子に座りなおして、絵を物色し始める。



「もう・・・じゃあ、これなんかどうですか」

今度彼が差し出したのは、真っ赤な世界。
真っ赤な雪原で走り回る、小さな子供たちの絵。

空からは雨のように、丸くて赤いかたまりが降り注ぎ、子供たちは手にした赤い雪玉を、にこにこしながら投げ合っている。
真っ赤な空に、赤い雲。
子供たちは皆赤い服を着ていて、その表情を形作るクレヨンの線だけが、黒い。


オレは少し溜息をついた。

――――これは・・・あんまり、好きじゃないな。この子には申し訳ないけど。」


絵が、じゃなくて、色が。
こういう雪は、ちょっとね・・・。

――――あぁ、でも、案外忍びには、いいかな?
だって、雪の中での任務の時でも、痕跡が残らなくてさ。
この色なら派手に散らかしてしまっても、後始末が楽でしょ?





差し出されたその絵を弄びながら、ちらりとイルカ先生を窺うと、彼はしまった、というようなばつの悪い顔をして、済まなさそうにオレの顔に視線を彷徨わせていた。

「あの・・カカシさん。すいません」

「・・・なんで?アナタが謝ることじゃないでしょ。」

気分のいい絵ではなかったが、まさか彼が意図的に嫌がらせをしようとしたわけはなく。無意識だったんだろう。

ね、と彼に微笑み返してやると、彼はもごもご言いながら、またぎこちなく子供たちの絵を漁り出す。
眉がちょっと下がってるから、きっとまだ 悪かったな、とか思ってるんだろう。

「・・・まぁ、お詫びしてくれるっていうなら、アナタのキスで構いませんよ?」

強請るように言ってみた軽口は、あっさり無視された。





「じゃあ、これは?」


次の雪景色は、ひまわり畑のように真っ黄色だ。

まぶしい光の平原の中、たくさんの人間が、大きな牛に乗ってゆっくりと歩いている。

・・・あれ?この一番前にいるの、イルカ先生じゃないの?
・・この髪型、この傷。きっとそうだ。


オレはその温かな光景に、目を細める。


「黄色・・・いいですね」



きいろ。春の花畑のような雪景色。

こんな雪の中じゃ、一日しあわせな気持ちでいられるだろう。
辛いことがあっても、きっとすぐに元気になれる。稲穂みたいな金色は、この里の希望の色だから。
この雪は、きっと冷たくなんかないだろう。お日様みたいにあったかいんじゃないかなぁ。



オレがそう言うと、イルカ先生は幸せそうに微笑んだ。








「じゃあ、最後に・・・・
――――もし、雪が 黒かったら?」



最後に彼が差し出したのは、漆黒の世界。

夜なのか朝なのかわからない、複雑な色の空に、地面や木々を埋め尽くす、真っ黒で柔らかな雪。
絵の中央では、小さな獣と少年が、赤い焚き火に向かい合っている。
木も草も家も、全てが静寂に沈んで。寂しい色のはずなのに、けれども不思議と落ち着く絵だった。

「・・・くろ・・・か」

黒い雪。漆黒の世界。



――――いいですね。オレ、これがいいなぁ」



呟くと、意外そうに目を見開いたイルカ先生の視線とぶつかった。




真っ黒な雪。
夜でも、朝でも、辺りを覆い尽くす漆黒。

そんな所にずっといられたら、きっとオレは、とても幸せ。

だって、これはアナタの色でしょう?
アナタの、瞳。アナタの、髪。アナタを構成する、最も大切な色。

知ってるでしょ、イルカ先生。本当の真っ暗闇なんて、そうそうあるもんじゃないってこと。
忍びの目には、ほんの僅かな星明かりでも、小さな行灯の光でも、辺りは充分すぎるくらいに明るく見えるんだから。

だから、真夜中の雪は、とても寂しい色をしている。
小さな光に照らされたそれは黒なんかじゃなくて、薄青く光る、孤独な灰色だ。


だけど、こんな雪なら。雪がアナタのように漆黒なら、きっと寂しくないだろう。
任務先で一人、雪の中に蹲っていても、アナタに抱きしめられている夢を見ながら、幸せな気持ちで眠れるだろう。
こんな雪なら、一人ぼっちの時でも、すぐにアナタを思い出せる。きっと辛くない。・・・オレは、この雪がいいなぁ。





「・・・そんな寂しいこと、言わないでくださいよ・・・」


ぼんやりとその絵をみつめていると、イルカ先生がオレの頬に触れてきた。

あれ、キスされる?と思ったが、その暖かな手は、オレの頬をそっと優しく撫でるだけで。
それが予想以上に気持ちよかったのでされるがままになっていると、また先生の顔をした彼が強い目でこちらを覗き込んでくる。


「先生はごめんだ。真っ黒い雪なんて。・・・俺はここに居るんだから、そんな寂しいことは言わないで。
俺はいつでも、あなたを待ってるから」








・・・あぁもう、こんな風にされて、ほんとに落ちない生徒なんているんでしょうか?
カッコイイ!色っぽいよイルカ先生!もうアンタどうしてそんなにかわいいの!?

オレはもう、諭すみたいなストイックな顔でオレを覗いてくる「先生」な彼に我慢できなくなってしまって、自分から彼を引き寄せてキスした。


「すいません先生・・・オレもう、ムラムラきちゃってやばいんですけど・・・」


上目遣いで熱っぽく言ってみれば、悪戯小僧を見るときみたいな 呆れたイルカ先生の目が降ってくる。
それがにや、と笑みを形作り、

「じゃあ、残りの話はベッドでしましょうか」

と人の悪い色を浮かべた。











「じゃあさ、イルカセンセはどんな色の雪がいいの?」


後になってオレが聞くと、

「なら・・・ あなたと同じ理由で、やっぱり白がいいです」

と 返ってきたのが死ぬほど幸せだった。
























***





・・・・な〜んて。





へへ、とオレは少し笑いながら、やっぱり相変わらず真っ白な雪の中に、大人しく頬を埋めた。


――――そういえば、そんなことも、あったな〜・・・


つい数日前の、そんな彼とのやり取りを思い出しながら、オレは満ち足りた気持ちでまた笑った。
と、痛めつけられた肺に無理な力がかかったようで、派手に噎せてしまう。
ごぽ、と唇から流れ落ちる、生暖かい鮮血。頬の埋まった白い雪が、真っ赤に染まってゆく。


あ〜・・・ しくった なぁ・・・


オレは舌打ちしたいような気持ちで、霞んでくる目を何度か瞬かせた。溜息をつくのは多分無理そうだったので、しなかったけれど。



Aランク・・・か。甘く見てたかな。もっと楽に終わるかと思ってた。

押さえてはいるが、腹には多分、大きな穴があいているはずで、その証拠に手甲を通してぬるぬるした柔らかなものがオレの手に触れる。裂かれた左の脹脛も、あんまりいい状態じゃないはずだ。もうとっくに感覚がなくなっている。

ここまで頑張って這ってきたが、もう身体が言う事をきかない。大分血も出たな。何だかぼんやりしてきた。


(なさけね・・・)




冷たい雪にあとからあとから奪われていく体温。ずぶずぶと雪にめり込んでゆく強ばった体。

気付くと、今の今まで上がっていた息が、逆に弱々しいものに変わっていた。

視界を埋めるのは、一面の白い世界。オレは、彼の言葉を思い出して、唇を僅かに緩めた。


彼は、この真っ白い雪を 好きだと言ってくれたけれど。オレの色だといって、好きだと言ってくれたけれど。


・・・けど、オレはやっぱり、黒が良かったな


だってこんな所じゃ。この真っ白な世界には、彼を思い出せる切っ掛けになる色が全然、ないじゃないか。
だからほら、こんな最期に思い出そうとするイルカ先生の姿も、イカレた頭の中でぼやけてしまって、何が何だか、全然わからない。


雪が黒なら。彼のような漆黒なら。きっと、幸せな気持ちで 逝けたのに。


「・・・・・・・んせ・・・」


オレは全力で彼を呼んだつもりでいたけれど、本当は喉から隙間風のような空気が漏れただけだった。










――――あぁもう、

どうして、雪は・・・





































「こっちだ!!こっちです!!!まだ生きてる!早く・・・っ!!!」


彼方から、懐かしいイルカ先生の声が聞こえた。
雪で凍った鼓膜に、その振動は酷く緩慢に伝わり、はっきりとした言葉は聞き取れなかったけれど。けど、それが彼の声だということは、何故だかすぐにわかった。

ふわりと半身が持ち上がる感覚。固まった目を必死で動かしてみると、霜がついてバリバリの睫毛の向こうに、涙やら、鼻水やらでぐずぐずになった、愛しい彼の真っ赤な顔があった。

ようやっと目を開けたオレを強く強く抱き締め、彼は絶叫した。






「あぁ!!雪が白くて、本当に良かった―――――!!!」





















・・・後になって、彼は雪の上に残ったオレの血痕を辿って、オレを助け出してくれたのだと知ったのだけれど。


けど、オレはそのとき、ぼやけた視界で揺れる彼の真っ黒な髪や、涙を溜めた真っ黒な目が、あんまりにも白い雪に映えてきれいだったので。



――――あぁ、やっぱり、雪が白でよかったなぁ・・・なんて、脳天気にも思っていたのです。










神様、雪を白にしてくれて、本当にありがとう。


 




でたらめカラー