イルカ先生のポケットには、色々なものが入っている。

胸ポケットの赤ペンに始まって、メモ、カギ、忘れ物の小さいキーホルダー、誰かが作った不器用な折鶴。
ズボンのポケットにはゼムクリップ、子供が怪我をしたとき用のばんそうこうが何枚か、捨てるのを忘れた小さなゴミ、意外と便利なんですよ、と言う輪ゴムや、乾燥に気を使っているのか リップクリーム。その癖くしゃくしゃのハンカチ。
元々、ポケットにものを沢山入れる習慣の人らしく、歩くたんびにじゃらじゃら音がしそうなくらい、彼のポケットはガラクタでいっぱいだ。
それに加えて、彼のベストには、アカデミーの生徒によって入れられた彼らの「宝物」が山ほど入っている。
変な形の草の蔓や、珍しい形の葉っぱ、蝶の羽やセミの抜け殻なんかも。それに、子供たちが競って見つけてきたという、すべすべとした石ころ。それこそホントの『ガラクタ』が。

空っぽのオレのポケットとは見事に正反対。
・・・だから、あんなに着膨れして見えちゃうんだよなぁこのひとは。
『人気者ですねぇ、イルカセンセ』と言うと、
『なんだか、いつの間にか勝手に入れられちゃうんですよね』
見つけたのはいいけど、持ってるのが邪魔くさいんでしょ。
俺はカバンかよ、ってね。

そう言ってイルカセンセイは笑った。


ふうん?
そんなモンかなぁ。

でも何だかアナタが幸せそうなので、オレもにっこり笑い返した。



翌週、久し振りに二人の休みが重なった。
二人で存分に寝坊して、ようやっとイルカ先生が掠れた声で『流石に・・・起きましょう、か・・・』と促してきたのが、お昼もたっぷりと過ぎた頃。
身体を起こすと、頭はぼんやりふんわりして、中々意識がはっきりしない。
けれども、重くない瞼が充分な睡眠をとったことを示していて。
ぱきぱきと鳴る身体は、昨日の余韻で少しだるかったけれど。
あぁ、いい日だ。


軽く朝昼飯をとって、することもないので、二人、ぶらぶらと散歩に行くことにした。
少し離れた場所にある、大きな自然公園まで歩く。
太陽はもう大分低い位置にあり、夕刻の涼やかな気配を漂わせ始めていた。
人影もまばらな、秋の始めの木立の中をゆっくり歩く。
すぐ横にあるイルカセンセイの黒い尻尾が、風にするすると揺れた。
太陽に染まって、イルカセンセイの頬も、暖かい色に光っている。

あぁ、
キス、したいな
と オレは思う。

しないけどね。こんな人通りのある場所でイチャイチャするのは、イルカセンセイ的には憚られることらしいので。しない。

あ〜・・・でも、なんかしたいなぁ・・・
一応オレの方が力もあるワケだし。
このヒトが気にするからあんまり言いたくはないけど、一応、オレの方が格上なワケだし。
やろうと思えばね、できるんですよ、イルカセンセ。
やろうと思えば、ね。

あ〜・・・


なーんてことをつらつらと、ぼんやりした頭で考えながら歩いていると、ふと、足元に目が留まった。

あれ。

屈み込んで拾い上げる。
「なんです?カカシさん」
覗き込んでくるイルカセンセイに、子供みたいに自慢げな笑顔を向けて、ホラ、と拾ったものを見せてやった。
夕日と同じ色の、きれいな落ち葉。
ちゃんと三つ又に分かれていて、虫食いもない。完璧な落ち葉だ。

イルカ先生はそれを見て、にこり、と微笑んだ。
「きれいですねぇ」
「でしょ?なんか目に付いちゃって・・・」
イルカセンセイに笑ってもらえて、何だかオレは凄く幸せな気分になった。
くすぐったいような、甘い喜び。

この人、喜ばせたいなぁ、と思った。
「じゃあ、はい。これは、イルカセンセに差し上げます」
え、とイルカ先生はびっくりした顔。
「いやいや!カカシ先生が拾われたんでしょ?」
「でも、いいんです。あげます」
そう言って、イルカセンセイのポケットのボタンを外して、その中に気をつけて落ち葉を入れた。
「ハイ、完了〜★」
「もう・・・子供みたいだ」
くすくすと笑うイルカセンセイに、ほわりと心の中が温かくなる。

お?
ちょっと先の枝に、きらきらした物が引っ掛かってる。
なんだろう、と思って歩み寄ると、
光っていたのは何処かの鳥の落し物。
ふわふわと柔らかそうな、銀灰色の尾羽だ。

オレは、それも取ってイルカセンセイのポケットへ入れる。
「もう!カカシさん!!」
自分で持ってくださいよ、と苦笑する彼に、オレも照れ笑いを返す。



――――あぁ、なるほど。
こういうことだね、コドモタチ。


また、目に付いた暖かな色の木の実を、彼のポケットへ。
すると、イルカセンセイも、「なら、仕返しです」と言って、オレのポケットに小さな石を入れてきた。
その石がすべすべしていてきれいな物だったので、オレは何だか嬉しくなった。

そうして、林の中を歩きながら、二人で次から次へと、『宝物』をお互いのポケットに詰め込みあった。
きれいに斑点模様の出ている木の枝、変わった形に曲がりくねった硬い根っこ、つやつやとした玉虫の甲、平べったい、ごつごつした石(ちょっとイルカ先生の横顔に似ていた。)
そりゃもう、山ほど。
二人で笑いあいながら。


なるほどね。良く分かったよ。

大好きな人と、かけがえのないものを共有したい、一緒に過ごした楽しい時間を忘れて欲しくない という気持ち。大好きな人の身体に、自分と過ごした空気を、証として残したい、という思い。

目の前に、澄んだ水の流れる小川があった。
川面に秋の高い青空が映り込み、夕日を反射して きらきらと光っていた。
今日一日を凝縮したような、あたたかな景色。
オレは、川に入ると、水をすくって、
迷う事無く イルカセンセイのポケットに入れた。

一瞬呆然としていた彼は、すぐに悪ガキの顔になる。
「やりましたね・・・!」
すぐさま、オレのポケットにも水が突っ込まれる。
秋の風景を写し取った、澄んだ川の水が。
二人で夢中で水をポケットに流し込みあっていると、いつの間にか本気の水掛け合戦になっていた。
気がついたら、もう、二人ともドロドロのびしょびしょ。
おかしくておかしくて、大笑いした。


山の向こうに、真っ赤な夕焼け。

夕焼けに染まったびしょ濡れの男二人で、ゆっくり、帰路を辿る。
イルカセンセイのポケットは、はちきれそうに膨らんでいる。
・・・オレのポケットも。
けれど、とても幸せな気分だった。
イルカセンセがにこにこしている。
オレも、こんな顔してるんだろうな、今。


今日を詰め込んだポケットからは、陽だまりの干し草みたいな、すてきな匂いがした。
今日の匂い。
イルカセンセイのポケットからも、同じ匂いがすることだろう。


あぁ 幸せだなあ。



明日は二人で、一緒にベストを洗おうか。









ホリデーポケット