俺の世界に色をつけたのは、彼。

 

 

 Colorful

 

 

 キュ、キュ、キュ

 トン、タタン、トン、タン

 

 モップをかける音とリズムを刻む靴音だけがガランとした店内に響く。

 艶のある黒タイルの上で、モップを片手に床を拭きながらくるくると踊る彼。

 グラスを磨きながらイルカはふっと口元を綻ばせた。

 その瞬間、窓ガラス越しに目が合う。

「イルカさん、今、笑ったでしょー」

 モップの柄に顎をついて唇を尖らせるカカシにイルカは笑みを深めた。

「すみません。あまりにも楽しそうだったもので」

 派手な舞台衣装のまま「本当に?」と腰を屈めて上目遣いでイルカの表情を探るカカシに、イルカは近くにあった大判のタオルをカカシの剥き出しの肩にかけた。

「ええ。カカシさんを見ていると、本当に踊ることが好きなんだなと思います」

 空調が効いているとはいえ、秋も深まった今の季節、ノースリーブにショートパンツの格好は見ているこちらの方が寒く感じる。汗が引けば尚更だろう。

「んー、明日からショーの内容が変わるからちょっと興奮しちゃってね」

 照れくさそうに笑うカカシは、先程まで残っていた他のメンバーとのリハーサルを思い出しているのだろう。

 遠足を明日に控えた子供のように、抑えきれない興奮で頬を染めている。

「俺も楽しみですよ。お客さんも喜んでくれるといいですね」

「うん」

 吉祥寺駅から歩いて十分の商業ビルの三階にある『COLOR』はカカシが半年前に築いた夢の城だ。

 昼は絵本喫茶、夜はショーパブに顔を変えるこの店は地元に人にも受け入れられて、幅広い年齢層から愛されている。

 長年、都内にある高名なショーパブの契約ダンサーとして活躍していた彼が自分の店を持つにあたってスカウトしたのがイルカである。

 イルカはもともカカシが契約していたショーパブで働いていたボーイだ。

 オーナー兼マネージャーであったアスマの元でマネージャーのいろはを教わっていたところを何が気に入ったのかカカシが熱心に自分の店にくるよう誘ってきたのだ。

 雇い主であったアスマが快く背を押してくれたこともあって、イルカは店を移ることになったのだが本当に良かったなと一年前の自分の決断を褒めてやりたい。そして何より自分を仕込んでくれたアスマと誘ってくれたカカシに心から感謝していた。

 カカシは踊ることが何より好きで、人を楽しませることに生き甲斐を覚える生粋のエンターテイナーだ。

 カカシが舞台に立つと、がらりと周りの空気の色が変わるのだ。

 俳優や有名人に対して、華があるという喩えを使うことがあるが、カカシは違う。

 店という名のキャンパスに一夜で消える絵画を描く、彼は芸術家だ。

 キャストとゲストを指揮して、共に作り上げる舞台。

 カカシのショーには色が溢れている。

 カカシの色に染められ、混ざり、色を上乗せしていくその様をイルカはカウンターから一人、いつも眺めていた。

 興奮冷めやらぬ顔で、笑顔を残して去っていく客を見送るたび、イルカは嬉しさと同時に一抹の寂しさを感じていた。

 彼の作り上げる世界を外から眺めることしかできない立場を選んだのは自分なのに。

 カカシが掃除道具を片づけはじめたのを確認して、イルカも食器棚の戸を閉める。

 金庫の管理は終わっている。

「戸締まりをして、帰りましょうか」

 タブリエで濡れた手をふいて振り返ったところで、カウンター越しに身を乗り出していたカカシとの距離に驚いて思わず後摺さる。

「どうしたんですか?」

「ねえ。イルカさんもショーに出てみない?」

「え?」

「明日からの演目は知ってるでしょ」

「はい。不思議の国のアリスですよね。アリスはサクラ、赤の女王がサスケ、チェシャ猫がナルト、帽子屋がカカシさん」

「正解。主要メンバーで足りないのはなーに?」

 にこにこと笑顔で顔を近づけるカカシにイルカは食器棚を背に心持ち顎を引く。

「三月ウサギ?」

「そ。だからこれ」

 どこから取り出したのかカカシの手に握られているのは金色の懐中時計とモノクル。そしてふさふさの尻尾。

「イルカさんに三月ウサギをやってほしいの」

「む、無理ですよ!」

 反射的に首を振るイルカにカカシはカウンターを回り込んでイルカの前に立った。

「出来るよ。だってイルカさんは誰よりも熱心な一番の俺のファンでしょ?」

 自信満々に笑うカカシに思わず絶句する。

 カカシに手を引かれ、操られるようにして店の中心の舞台に立たされたイルカは困惑したままカカシを見返す。

「もしかしなくても確信犯でしたか」

「うん。ダンスは無理でもショーの始めと間奏の間は参加できるでしょ。イルカさんには内緒で既にアイツらとも打ち合わせ済みだから」

 つまり、一夜漬けの上一発本番で挑むことになるのはイルカだけというわけで。

 物欲しげに彼の舞台を見ていたことを見透かされた羞恥と突然の宣告に対する驚きに思わず恨みがましい眼差しでカカシを睨めば、

「大丈夫。イルカさん物覚え良いし、俺が一晩、マンツーマンで教えるんだから」

 どこまでもプラス思考な男はのほほんと笑うだけだ。

 乗せられるのも癪だが、カカシの舞台を他ならぬ自分がぶち壊すことになるのはもっと嫌だ。

 結局男の言うとおり、イルカは誰よりもカカシの才能を認めているのだから。

 溜息をついて、気持ちを切り替えたイルカの頭上にぽつりと声が落ちてくる。

「だって、舞台も人生もずっと傍にいて欲しくてイルカさんを誘ったんだもん」

 明日のショーとこれからの練習に気を取られて、ハイハイと受け流したイルカがその言葉の意味を思い知るのは一ヶ月後。

 同時にカカシが選んだロング丈のタブリエのいかがわしい使用法をその身で体感した夜だった。







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蓮さん・・・・!!(言葉にならない)
うっわーうわー!!すてきなSSをほんとにありがとうございますー!!も、滾りました色々!(笑)
読んでいただいてお分かりかと思いますが、実は続きものなんですよv もうすでに次の企画も上がっていたり・・ね!(・ω・)v

蓮さんのSSはほんとにきらきらしてきれい。大好きです。ありがとう蓮さん!!