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いつだってオレのことを困った笑顔で許してくれた人だから、 だから、最初のときもきっと、この人はそういう顔で微笑んでいたんだと思う。 祈りの言葉を呟くと、目の前で、線の細い背中がびくり、と震えるのが見えた。慌てて身体を離し、蒼褪めたその頬に触れる。 「大丈夫ですか、十代目・・」 「だ、いじょうぶ」 いいから続けて、と荒い息の中、濡れた色素の薄い瞳がこちらを見上げてくる。 ・・嘘ばっかり 毛足の長い絨毯にしがみ付く、血の気を失った拳を見て、獄寺は静かに唇を咬む。 辛くないわけが、ないのに 汗の浮く細い腰を抱き締め、静かにツナを揺さぶりながら 獄寺は白い首筋に口づける。呪いのように白い首筋。 彼が直接手を下すのは、必ず夜に紛れてだ。苦しみ抜いて己の運命を受け入れた細い背中は、自らに枷を科すように その姿を闇に溶かしてしまう。 この明るい、草原のような髪が太陽に輝くのが、オレはとても好きだった。 祈るように思いながら、獄寺は自分のボスの髪へ静かに鼻先を埋めた。僅かな汗と、あのころとは違う 彼の身体に巣食う冷えた夜の匂いが、ゆるゆると涙腺を決壊させてゆく。 好きだった、のに どれだけ傷つけないように、大切に扱おうとしても、自分の中で膨れ上がった欲は彼の内側を傷つけてしまう。 正直言って、最初に彼を抱いた時のことを、獄寺ははっきり思い出す事が出来ない。何か大波のような感情が、繰り返し押し寄せて自分を壊していた日であったように思う。 “ごめんね、獄寺くん” 未知の痛みに身体を戦慄かせ、それでも毅然とした声で彼は手を差し伸べて言った。 “まきこんで、ほんとうに、ごめん” 自分の下で、彼がどんな顔をしているのか恐ろしくて、獄寺は顔を上げることが出来なかった。ただ、柔らかく頭を抱き締めた、細い腕の温かさははっきりと覚えている。 ツナがまた悲鳴をもらす。人払いは先ほど済ませたから、恐らくしばらくは大丈夫だ。獄寺は思う。 ―――まっくらだ 背中をつめたい汗がつたう。 真っ暗だ、なんにもない 昔、自分の屋敷に飽きるほど植えつけられていたバラのことを獄寺は思い出す。美しい母はバラを好み、愛情のかけ方を間違えた父は、妾の母のために阿呆のようにその豪奢な花を贈り続けた。
白い背筋が引き攣る。マホガニーの下の暗闇で、床に立てられたツナの指が無意識に絨毯を掻き毟っている。 あ、いけない 余裕を殆どなくしかけた頭の隅で、その蒼白な手を認め、獄寺は腕を伸ばした。 爪が、とぶ 咄嗟に彼の掌を握り込み、自分の手に爪を立てさせる。組み敷いた彼の方は、更に余裕がないのだろう、震える指の力をうまく抜くことが出来ないまま、がくがくと獄寺の手の甲に爪を食いこませた。 「―――でら、 くん・・・」 喘ぎの中で、ツナがこちらを振り向いていた。飴色の帳の中、赤く濡れた瞳が獄寺をまっすぐに射竦めている。その頬に落ちた滴が自分のものだ、と気付くのにしばらくの間が要った。 不意に、ツナの掌から強張りが解けた。 「ごめんね・・・」 自分の目尻を拭うその指の優しさに、はしばみ色の瞳の深さに、獄寺はまた息が詰まるような思いを抱く。 あぁ、 闇の中なのに、この人の声は、こんなときでさえ なんて、優しい。 ごめんね、つらいね なかないで、と涙を辿るツナの指をゆるゆると振りほどき、獄寺は何度も首を横に振る。 違うんです、じゅうだいめ ちがうんです オレはもう、あのときみたいに弱くない 初めてあなたを抱いた時、自分は確かにただのガキで 自分に課せられた使命の恐ろしさから あなたに救ってもらいたかったのだけれど まるであの頃と同じ声色で、ゆっくり長い前髪を梳かれ、獄寺はちがう、と何度も唇に乗せる。頬に触れる肉のない手を握り込み、違うんですとくぐもった声で繰り返す。 今は、あなたのことがただ愛しくてたまらないのです あなたを ただ救いたくて、まもりたくて それで涙が出るのです きっとまたあなたは全部自分で受け止めて飲み込んでしまうのでしょう。馬鹿なオレたちの分も全部。 汚い、一番薄暗い所を全部引き受けて、なんでもないみたいに自分の内に溜め込んで。 けれど、その少しでもいい。どうぞオレに 分けて 思い切り突き上げると、白い背骨がぐっと撓った。柔らかな髪が汗を跳ね上げ、反った喉から悲鳴が上がる。 また痙攣に似た強張りを見せる指が、獄寺の手に赤い筋を刻む。 ごめんなさい 涙に濡れる視界の向こうで引き攣る背中を、抱き締めながらまた獄寺は祈り続ける。神様、どうぞこのひとときだけでいい。この美しい人に平穏を。あぁ、あなたを痛めつけるつもりはないのに。ごめんなさい、ごめんなさい。 ―――こんな、身体に刻まれる傷跡になんて何の価値もないんだ。一体どうしたら、この人の内の傷を分け合えるのだろう。 解らないまま、また獄寺はツナを組み敷く。
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