「・・・どういうことだよ」



顔を上げなくても、頭の上から降ってくる爆発しそうに触れあがった怒気が、オレに向けられたものだということくらい分かる。

―――多分、このまま大人しくは引き下がってなんてくれないんだろうなぁ。

オレは苦笑しながら(そして自分の血の臭いに少し噎せた)、覚悟を決め、雨の中 垂らしていた頭を持ち上げた。
柔らかい雨が、たくさんの糸のように顔に降りかかる。

下げていた視線を、傍らに仁王立ちする脚に沿ってゆるゆると上げ。


「・・・や、イルカ」
「やぁじゃねェ!!!」


間伐入れず返された怒鳴り声に、オレは思わず はは、と笑った。精一杯の虚勢は、一瞬にして見抜かれたようだ。
オレは、見下ろしてくる漆黒の瞳の強さに目を細めて、彼の顔をじっと見遣る。
青い傘の陰になったしかめっ面が、白い筋を作る雨の中、こちらを睨みつけている。




と、寄せられていた彼の眉根がふ、と揺らいだ。



「なんでなんだよ・・」


大きく見開かれた彼の黒い目には、怒りに混ざった困惑の影が見える。

「どうして・・・いっつも、ムカつくくらいにちょっかい出してくんのに。やめろって言っても、犬みてーに付き纏って離れねェくせに。
どうして、こんなときだけ・・・俺んとこに来ないんだよ!!」

半ば吐き捨てるように言い切った彼の表情は、酷いもんだった。怒り、疑問、苛立ち、いい気味だ、ざまぁみろ、といった優越。
そして、傷付いた捨て犬に向けられるのと同じ類の憐憫。
それらがごっちゃに混ざり合い、いつも解り易い彼の表情は混乱を極めていた。

捨て置いてくれてよかったのに。優しい彼は、それでもムカつくオレを放って置けないのだろう。
こちらへ差し伸べそうになる手を、体の脇でぐっと握り締めているのが見える。その目に滲むのは、紛れもない オレに向けられる、心配。

オレはそれに気付いて、また笑った。


「笑うんじゃねェよ!!死にかけのくせに!!」


カッとした彼は、我慢ならなかったのか、傘を投げ捨ててオレの傍らに屈み込む。

「ホラ!まだ動けるか!?立てよ!!」



鼻先に突き出された彼の手。
オレはそれを、煙る雨を通してぼんやりと、見ていた。



「・・・・拾うの?オレを」


「―――は?」


オレは口の端に苦笑いを浮かべながら、手を差し出したまま怪訝な顔をする彼を見詰めた。



「手負いの犬を拾うのよ?しかも雨の中捨てられた、かわいそうな奴をさ。」

「・・・何が言いてェんだよ・・」

「だからさ」



オレは上目遣いに彼を見上げ、ぐっと身を乗り出した。髪が触れ合うほど近くまで顔を近づけ、にやりと意地悪く笑う。



「そんなことしたら、オレもっとしつこくなるよ?ばっちり恩義感じちゃって、今まで以上に付き纏っちゃうよ?朝も昼も夜も、それこそアンタから離れる時間なんてないくらい・・・・  ・・ッ!」

「!ば・・かやろ!!あんましゃべんなよこのバカカシ!!」


急に噎せて咳き込むと、破れた腹からごぽりと血が溢れた。慌ててオレの肩に手を廻したイルカは、顔を歪めて チィ、と舌打ちする。


「んなこたぁ今はどうでもいいだろ!!早く掴まれよ!!」

「・・・いいの?」



「・・ッ!うるっせェ!!犬は大人しく拾われやがれ!!!」




半ばヤケクソ気味に睨みつけてくる赤い目に、オレは呆気に取られた。
堪えきれずに吹き出した姿勢のまま、笑い転げながら、オレは彼の手に縋りつく。
雨に混じって勢いを増した血が、腹からダラダラと流れ落ちる。

「笑ってんじゃねェよ!この死にかけ!!」

「あ〜・・・カッコイイ。マジで。本気で惚れちゃうよ・・」

「馬っ鹿・・・!今度変なこと言ったら、本気で捨てるからな!!」

「は〜い・・」


死にそうになりながら、彼の暖かい腕に抱きかかえられて雨の中を歩く。
そんな ある冬の日。