というか、俺は。
確か持て余した時間をどう潰そうか迷って、公園に足を向けたはずなんだけど。
誰もいない深夜の公園で、いつもの様に星を眺めながら、長いひとりの夜を耐え凌ごうとしていたのだけれど。


そよふくかぜに ゆりかごゆれて
木の葉の船は ひいらひら


いつもの様に町外れの森をぬけ、公園へ続く角を曲がった所で、俺は動けなくなった。
公園からは、小さなうたごえ。
木の葉に住む誰もが知っている、赤ん坊を寝かしつけるための子守唄。
それを、ほとんど夜風に掻き消されそうに 小さく、小さく 唇にのせる、誰か。


月夜のうみに ゆりかごうかべ
こよいのそらは 藍のいろ
ひらひら木の葉 かささぎとんで
ねんねやぼうや おねんねよ



無意識のうちに気配を消していた。
もちろん俺も忍者の端くれ、不信なものには細心の注意を払わねばならないため それは自然と身についた癖のようなものだったが、
それ以上に、純粋な好奇心から。俺はその歌を止めたくなかった。

(一体誰が歌ってるんだろう)

掻き消されそうになりながらも、風に乗る 穏やかな歌。
声からして、少年。ひょっとしたら、俺とそう変わらないかもしれない。
今までこんな夜更けに、こんな町外れの公園にわざわざ来る者なんて、ひとりもいなかった。だからここは寂しい時に過ごす俺の絶好の穴場で、誰にも教えたことはなかった。
けれども、ひょっとしたら俺と同じようなやつが、いるのかもしれない―――
自然、速くなる足を押し止め、高鳴る心臓を叱咤し、俺は植え込みの中からそっと公園の中を覗く。


銀色の 鬼がいた。

いや、鬼じゃない。角だと思ったのは、頭の後ろにずらされた動物面の耳。それが、光にすける豊かな銀髪の間からのぞいていた。

(暗、部―――!?)

どく、と心臓が跳ねる。暗部・・・暗殺のための特殊部隊。
普段はその姿は明るみに出ることなく、常にその顔は面で覆われており、彼らの顔を見ることは御法度とされていた。
その面が、ずらされているということはつまり。


天にましますかみさまよ
このこにひとつ みんなにひとつ
いつかはめぐみを くださいますよう


気付くと同時に背筋に冷たいものが走る。
(見ては、だめだ・・・)
俺は目を逸らそうとした。

だが、できなかった。

月の光に淡く光る、銀色の跳ね髪。夜目にも良くわかる骨張った細いからだに、いっそ病的なほど ぬけるように白い肌。
錆付いたブランコに乗った少年は、普段は誰にも使われないくすんだその遊具を、ゆっくり、ゆっくりとこいでいた。
銀色の髪がふわりと舞い上がり、すう、と風を切ってゆく。鼻筋の通った白い顔に、かぶさる豊かな髪。
隙間からのぞく小さな角に、葉にたまる雫のような、青灰色の瞳。

俺は彼に、目を奪われた。

優しい子守唄を口ずさみながら、ゆるゆるとブランコをこぐその美しい鬼は、恐ろしい殺戮ごととは まるで無縁の穏やかさで。
袖のない装束からしなやかな腕がのび、気だるげに鎖にまわされている。細い足がそっと宙を蹴り、またぼんやりとたたまれる。
動いているのかわからない薄いくちびるが、静かにうたを紡ぐ。

空気みたいだった。人ではなくて、ふらりと漂っている 魂みたいな。
触れたらどんなにかつめたいだろう、と 俺は薄氷の冴えた冷気を思い出した。



きぃ、とひとつ音を残して、錆付いたブランコが止まる。
長い脚で少年が地面を捉え、立ち上がったとき、俺は息をのんだ。
こちらからは陰になっていたほうの彼の瞳。

真っ赤だった。血のように。


そしてそのとき初めて俺は、辺りに充満していた噎せ返るほどの血臭に気付く。
ブランコに乗っていた少年の足元には、無数の死体。小さな公園を埋め尽くす、そこら中に転がる血塗れの、躯が。
その中にすくりと立ち上がった 小さな銀色の鬼。夜を飲み込んで辺りを沈黙させる、美しい鬼。

子守唄が終わる。彼が 握っていた血塗れのクナイを、ぱたりと地面に投げ落とした。


その瞬間、俺は恋におちた。