「思い出さないで」


















 好きになっていたのです。





  らしくもなく幼子の無邪気さで胸をときめかせました。

 貴方を見る度目元は染まっていないかと俯き報告書を出されては手が震えていないかと引っ手繰るように取り、
後で貴方に不快を与えたのではないかと居た堪れない後悔を繰り返していました。

 浮かれ過ぎ行く日々は真綿の温かさのように、目の端に貴方の姿を留めた時、ただ それだけの事なのに自分はこんなに短絡的な思考回路かと思う程うれしさがこみ上げるのでした。
 どうしようもなく惹かれて囚われて。

 けれども、そんな遠目に見ていて胸のあかくなる日はしあわせだったのかもしれません。束の間の。

 気紛れの天気にも悩まされる程気持ちが滅入るまでになりました。

 そしていつしか恋の淡い綿繭は熱い棘となりました。

 叶うことのない高鳴りを胸に押し隠し、思いの目覚めに邪気が無かったなど嘘かもしれません。悲しい程抑制の効かない自分を見ました。我が身の思いに狂い、空のあおさも忘れてしまいました。

 貴方は優しい。風のような装いでいて、細めうっすら皺の寄る目元のおだやかなこと。私は嫉妬した。貴方の思いが誰かに向けられるのを見ると、知らず今でも誰かに向けられているだろうことを思うと。私の一つの切実さ程貴方は私を見ていない。

 憎くて――――――。

 注がれる眼差しは、向き合うときは私のもの。けれども――――飲みにも誘いました、貴方は断りませんでした、他国からの任務帰りの時には手土産なんかも持ち帰りました、貴方は喜んで受け取ってくれました、長期任務後には必ず受付に座り貴方を待ちました、貴方のための笑顔で迎えました、里に帰ってきたって気がするなぁと言ってくれました――――

 それっきり。

 どんなに手を尽くそうとも束の間の一人よがりの逢瀬。貴方の私への笑顔に甘い他意はない。未だその矛先がないことが私の救い、慰めでしょうか。


 ・・・・――――ならば、その前に



 ゆめゆめ犯してはならないと。気紛れに思い浮かんだ事柄が事実、現実になろうとしていたのです。私は、自分の中にこのような狂気が眠っていようとは露も思いませなんだ。




















 ついに私は彼に術を掛けた。



 呪いの術。彼の記憶に紛れ込み、私への愛情を植え付けた。私以外のいとしいものへの感情を消した。


 貴方の笑顔が私に向けられる。大いなる意味を含んで向けられる。包む腕の温かさ、その中の私。なんという悦楽。他人へ向けられる冷たい笑顔を見ては微笑し貴方の隣りが私であることがさも当然の事実に酔う。貴方自ら差し出す手、甘えるような目、恋しそうに抱き寄せる仕草、私があって貴方がいる、私を求めて生きる姿――――――


 
 彼は、私のものになった―――――




 どうぞこのまま、私のものに。


 過去のことなど 思い出さないで―――――
















 日々は過ぎ行く。

 思いの成就と歓喜の興奮も薄れ、完全に貴方が私のものであると安息を得る最中、
つ、と、薄ら寒いものが背筋を通り過ぎました。



 罪悪感。


 貴方の人生を、奪ってしまった。












 すぐさま喜びの色は消え罪悪が一面に染まる。抱える頭は石のように、胸にはどす黒い鉛が重く。

 私は何度も術を解こうと試みました。けれども心苦しい日々がつんざく様に記憶に過ぎり、印を結んだ手はそこで止まり、胸の底からの震えは湧き起こり、今日まで彼に偽りの道を歩ませてきました。



 しかし、こんな邪な思いなど元から永らえられなかったのでしょうか。

 術の解除を待たずしてそれは効力を失いつつあるようなのです。時折彼が遠くを見る目をするのです。

 ああ、俄かに覚えた力では完全に記憶は操作するなどできなかったのでしょう。私は僅かに安堵しました。一方で痛ましい失望を覚えました。また彼は私以外の人を見ていきていく――――





 術の崩壊は間も無い。


 二度同じ術を施すのは彼の生命に危険が生じる。それ以上に私が、もう、心のどこかで望みはすれどその重責に耐えられない。

 近づく日々を、せめて彼と最後の一時を未練なく過ごそうと思いながら、落胆の日々に変わりなく、無言の内に宿る哀しみに、彼はそんな私を見るにつけ、どうしたの、と労わってくれる。その度に私は涙を流さずにはいられない。彼の優しさ、彼を騙したこと、醜い私を抱いてくれたこと、彼を――――



 全てを思い出した時に貴方は何と言うでしょう。

 私への愛情が消えた時に貴方は何と思うでしょう。


 こわくて。こわくて仕方がない。どこまでも身勝手で自分思いな私。

 歯車が崩れぬと予期しないわけでもなかったのに。いいえ、歯車を壊したのは私。
後悔することもこわくてできない。臆病で卑怯な私。









 どうぞ、全てが戻った暁には私のことなど忘れて下さい。

 決して決して思い出さないで。

 何事もなかったように生きて下さい。

 取り返しのつかない時は謝っても謝やまっても足りません。

 許してなど、もうそんなことは言いません。

 どうぞ、どうぞ、殺してしまった時の分だけ、それ以上に、しあわせに過ごして下
さい。

 祈る謂われもないけれど、どうか。





 いつわりのときなど


 ゆめゆめ 思い出さないで












  *********了*********





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はるとななまちの頬」丸咲さまより頂きました!!


あう・・・!!!(涙)すてきだぁ!切なくってきゅーんとしました・・vv
途中でカカシの「思い出さないで」の意味がシフトしてきているんですよ。深い・・・。
丸咲さま独自の言い回しが随所に使われていて、もうもう、大満足です・・!!

かなり無理を言って、頂いたリク権だったんですが、なんと、わたしの誕生日に合わせて作品を送ってくださって・・・。感涙。
丸咲さま、本当に有難うございました!!



モドル